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シネマの女は最後に微笑む


一方、家のことを娘に押し付けたままの父が、カッコいいところだけ妻に見せているのに苛立ちを覚えるエレンは、ふとしたことから父が助手と不倫しているのを知る。さらには、復活祭の日に突然、有名な詩人を家に招いて浮き足立っている自己中心的な父に対して、エレンの不満は爆発寸前に。

誰よりも尊敬していた父への失望。しかし自分の仕事や関心事を優先し、面倒な細々したことは家族任せという父の態度は、かつての自分そのままなのだ。ニューヨークから訪ねてきた恋人に父のことをぶちまけるも、「やるべきことは男女で違う」などとトンチンカンな反応を返され、エレンは増々荒れる。

ある日、仕事で追っている政治家にインタビューできるチャンスが巡ってきたエレンは急遽ニューヨークに飛ぶが、苦境にある彼から家族への思いを聞いて自分の状況と重なってしまい、ついに記事を書くのを断念。もう復職の見込みはない。

とうとう父と直接対決し、「なぜ私に犠牲を押し付けるの?なぜ一番大事な時にママと一緒にいないの?」と激しく詰め寄るエレンは、無意識のうちに母の代弁をしようとしているかのようだ。母と共に生活し母の生き方をリアルに知って初めて、これまで彼女が家族のためにどれだけの犠牲を払ってきたかを感じ取ったのだ。

女も仕事をもつのが当たり前という価値観で育ち、文筆の師として父の後を追ってきた娘が、男として夫としての父の狡さに気づき、その世界が母の献身によって成り立っていたことを再認識していくプロセスは興味深い。姉ほど優秀ではなかった弟ブライアンが、こっそり大学中退して働いていたのも、支配的な父への密やかな反抗だったと言えるだろう。

だが、母の思いはまた違っていた。夫と娘の軋轢を感じ取った母が、最後の力を振り絞って、結婚生活とそれについての自分の意見を娘に話して聞かせるシーンには、鬼気迫るものがある。エレンはここで、家族の犠牲者としてだけ見てきた母の、思いがけない誇り高さと気概に圧倒される。一方で、父には父なりの鬱屈があったこともわかってくる。こうした中で、病状が進み一人で歩くこともままならず苦しむ母に、「生きていたくない。楽になりたい。お願い助けて」と懇願され、エレンは悩み始める。

母の死因となったモルヒネ過剰摂取について検事から尋ねられ、エレンは殺人を否定し、父のことも庇う。果たして、母を楽にしたのは誰だったのか。このドラマのテーマは、単に「介護と離職」にとどまらない。専業の母が属する文化やコミュニティを嫌い、男の社会と価値観に同化してきたエレンは、母の実像を直視することにより、人生の重さと奥行きを噛み締めた。それは親の死を通じて、多くの人に訪れる出来事ではないだろうか。

映画連載「シネマの女は最後に微笑む」

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文=大野左紀子

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