エストニアの「電子政府」の成功要因は大きく3つに分けられる。一つ目は歴史的背景、二つ目は地理的要因、そして三つ目は政府の推進方針である。
ソ連が残した唯一の遺産を活用
まず歴史的背景だが、エストニアの歴史は、当然ながら、隣接する巨大なロシアと深い関わりがある。エストニアは過去に2回、ロシアの支配下にあった。同国には2つの独立記念日がある。1917年の帝政ロシア崩壊後の独立と、1991年に旧ソ連崩壊後の独立である。
2回目の91年の独立直後は、国の立て直しが急務だった。当時、通信インフラはほとんどないと言ってもいい状態だったそうだ。国としての主力産業もなく、資源も限られていたため、政府はIT技術を活用して生産性を高めることに積極的投資を進め、通信インフラと同時にインターネット環境も一気に普及していった。
実は、旧ソ連による支配が結果的に独立後の幸運に繋がっていたのだ。当時、旧ソ連と東欧社会主義国の間では経済相互援助会議COMECONと呼ばれる体制が構築されていた。これは連邦内の各国や東欧諸国がそれぞれ一つずつの産業を担い、相互に経済を援助するような体制だ。
バルト3国のなかでは、エストニアがIT関連を担っており、ラトビアは自動車や造船、リトアニアは電子産業を分担していた。そのため、同国には人工知能などを研究していた最先端技術の研究所(サイバネティクス研究所)があったのだ。
旧ソ連崩壊後、エストニア政府が、この旧ソ連が残した唯一の遺産ともいえる優秀な人材に注目したのは必然だったのだろう。研究所に所属していた技術者達は同国に残り、彼らが中心となって、国内外の最新技術を取り入れながら、国家システム基盤をゼロから構築することに多大なる貢献をした。そこで構築されたものこそが、前回のレポートで紹介した同国の電子政府の中核をなす情報基盤連携システムの「X-ROAD」だ。
領土を必要としない国家の構想
旧ソ連は崩壊したが、隣の大国ロシアの脅威がゼロになったわけではない。エストニアは現在も「いつか再び国土が支配されるかもしれない」という危機感を強く抱いている。それは政府だけではなく、国民にさえも根付いている。
当然、政府はそうなることは望んでいないが、たとえ国が侵略されて物理的に「領土」がなくなったとしても、国民の「データ」さえあれば国家は再生できる、というのが政府の考えだ。事実、エストニアは、国のあらゆるデータを国外の大使館にて保管する「データ大使館」という構想を進めており、2018年にはルクセンブルグに最初の拠点が開設される。
物理的に領土が占領されて政府が機能しなくなったとしても、インターネット上にソフトウェアとしての政府があれば、IDカードを持った国民がそこにアクセスすることで、エストニアという国として機能することができる。まさに、これが「Government as a Service」の思想である。そして、この思想こそが国が目指すべき国家安全保障の究極のゴールだと同国政府の前CIOも語っていた。
同国のデータ大使館構想 : https://twitter.com/egovacademy/status/872340173908058113