エストニアのデジタル政府とスタートアップ最前線


同国にとってITの活用が必然だった理由がもう一つある。

同国の面積は九州ほどだが、人口は福岡市(約156万人)にも及ばない約134万人。人口密度は1キロ平方メートルあたり30人とかなりの低さである。それに加えて、領土内には島も多いため、全国民に行政や銀行のようなサービスを提供するには非常にコストがかかる。

各地域に役所やATMなどを設置する潤沢な予算もなく、限られた人材を活用しつつ、国民に様々な行政サービスを提供していくには、インターネットを活用して各サービスの電子化を推進「するしかなかった」のだ。電子化すれば、地方にいる高齢者でも、銀行に行かずともお金の振込などが可能になり、国民にとっても非常に便利なのだ。

隣国フィンランドからの教訓

二つ目の地理的要因だが、バルト海を挟んだ向かいに位置する隣国フィンランドの存在が重要であった。

同国にとってフィンランドはロールモデルのような存在。独立運動の指導者として活躍した後、初代大統領になったレナルト・メリは「エストニアのノキアを見つける必要がある」と言った。先述の通り、同国には優秀なIT人材がいたため、彼らを活用しようと、ノキアをはじめとするフィンランドのIT企業が同国に進出した。これによる経済効果は大きい。

また、同国が国民IDカードを導入する以前に、フィンランドもICチップ付のIDカードを導入しようとしていた。国民の賛同を得ることが出来ずに失敗していたが、その時の教訓から、フィンランドはエストニアに対して「IDカードの所持は義務とするべきだ」と強く勧めていた。

当初はエストニア政府内にも、「それは政府による過度な押し付けとして国民が猛反対するのではないか」という懸念があったが、今となってはその勧めを受け入れていたことが非常に効果的だったと振り返っている。

電子政府への信頼は透明性から

そして、三つ目の要因が政府の推進方針である。独立以後、幾度となく政権は変わったが、IT推進の戦略は揺るぎないものとなっている。政府が常に掲げるキーワードは「効率」と「透明性」であり、透明性以外に電子政府の信頼を構築していく術はないと考えているようだ。

着目すべきは透明性を最優先にしたデータのマネジメントとガバナンスを、法制度として確立したところにある。同国では政府の公文書はもちろん政治家の収入や個人献金額も全て公開されているため、国民はインターネットで簡単に閲覧することができる。公開出来ない場合は理由の明記が義務付けられており、行政による徹底した情報開示の姿勢をとっており、透明性が担保されている。

他にも、電子化の推進にあたり、公共情報法(Public Information Act)や個人データ保護法(Personal Data Protection Act)、電子署名法(Digital Signature Act)などが施行されている。

だが、どれだけシステムが電子化されていたとしても運用しているのは人間。人間である以上完璧であることはなく、不正が存在しないわけではない。事実、先日もタルトゥ市(首都タリンに次いで人口の多い都市)の副市長が収賄の疑いで逮捕されていた。

同国の人々は政府の人間を信頼しているのではなく、政府の仕組みを信頼しているのだ。不正があったとしてもきちんと検知できる仕組みがあれば、国民が納得して電子政府を受け入れることができるのではないだろうか。

このように、エストニア“電子政府”の急速な成長は、何か一つの理由があるのではなく、いくつもの要素が複合的に組み合わさって構築されてきた。次回は、こうして出来上がったサイバーインフラを活用して、同国がどのような将来を見据えているのかをご紹介しよう。

文=別府多久哉

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