「オン」を充実させるオフとアウェイの過ごし方 | 出井伸之

クオンタムリープ代表取締役 出井伸之氏

人生は岐路の連続。最良の選択でチャンスを呼び込むためには、自身と深く対話し、自分の中にある幸せの価値観を知ることが重要である。この連載は、岐路に立つ人々に出井伸之が送る人生のナビゲーション。アルファベット順にキーワードを掲げ、出井流のHow toを伝授する。

今回は、K=Karuizawa(軽井沢)とKyoto(京都)について(以下、出井伸之氏談)。


私は、東京・世田谷の成城で生まれ育った。幼少の頃から現在まで、東京の他に頻繁に訪れている場所がある。最近いくつかのインタビューで話して改めて、私はホームとアウェイを行き来することで自分の中のオンオフを上手く切り替えているのだと思った。

“オン”の地は、仕事と生活の中心でオフィスと自宅があるホームの東京。そして“オフ”になれるのが、安らぎと愉しみのアウェイの地。今回は、日本に2つあるこのアウェイについて話したい。

自分を見つめなおす最高の場所

アウェイの一つは、第二の故郷ともいえる軽井沢だ。そこには私が生まれる前から別荘があり、学生時代は毎年、そこで東京とは全く違う夏を過ごしていた。

父が早稲田大学の教授だったこともあり、別荘は学者や教授が多く住んでいる南原地区にある。この村の別荘に住む人たちには長年にわたる慣習がある。例えば、勉強や研究の時間を大切にするため、午前中はお互いに訪問しない。家と家の間に塀を作らない。そして、次世代を担う子どもたちは地域全体で育てる。この地でみんなが気持ちよく過ごすために、これらのルールが自然に存在していた。

村の子どもたちを大切にするための年間行事がこれまた楽しい。夏の星空を見る会、肝だめし、運動会、キャンプなど、もう何世代も続いていて、ここの地域コミュニティは大家族のようだ。私で2世代目、孫で4世代目になる。

いつも軽井沢に行くと学生時代にタイムスリップした気分になる。当時は、上野駅から蒸気機関車に揺られ、山を登り、トンネルを抜けて沓掛駅(現在の中軽井沢駅)まで長い列車の旅だった。成城からチッキ(鉄道で荷物を輸送すること)で自転車を先に運んでおき、沓掛駅で受け取り、そこから軽井沢の家まで山道を走った。

視界に溢れる自然の緑、リスや猿など森の動物たち……東京とは別世界だ。鳥の声で目覚め、勉強して、音楽を聴き、テニスをして、心ゆくまで土地と時間を満喫することができる。



やがて夏が終わる頃に「また来年ね」と親戚同様の友人たちをトンネルまで送っていく。そういう月日を重ねて大きくなっていった。

一時、オリンピック(1964年)に伴い新幹線構想が発表され、北陸地方への誘致が高まった頃は、軽井沢の自然と思い出が破壊されてしまう気がして、みなで木々に名前をつけて伐採させないよう猛反対したこともあった。

しかし、時は流れ、工事は進んで1997年に北陸新幹線が開通。現在は東京から1時間という利便を得て、有り難いことに私は毎週末通うほど身近なオフの場所となっている。

交わることのないコミュニティ

軽井沢には20以上の美術館があり、いつでも芸術に触れることができるのも嬉しい。美味しい飲食店も多く、それも私の愉しみの一つだ。アートと食の感性は似ていると思う。

冬は人の足が遠のくのだが、シェフは何故かこぞってこの地に出店したがる。軽井沢には文化芸術に関わる人が多く集まり、それらの人々が食にもうるさいから、ここで勝負に出るそうだ。私は、OGOSSO、RIPOSO、無限、ベンソン、厨、ASANOYA、Petersなどの店に通っている。

水の美味しい長野だから野菜も美味しい。この土地の恵みを味わえることがとても嬉しく、実は軽井沢では一人で買い物に行くし、自炊もよくする。

これまで軽井沢という場所は、3つの層で成り立ってきた。地元の人たち、魅力に誘われ移住した人たち、夏だけくる別荘族。これらは繋がっているようで繋がっていないユニークなコミュニティだ。

最近は4層目として、アウトレットなどを目的に来る人たちが増えている。駅やモールでは中国語のアナウンスも流れ、レストランメニューにも日中言語が併記されている。自然を愛し勉強するために夏に来ていた人や文豪らは村から少しづついなくなって、今はショートステイの街になりつつある。

街は時代と共に変化しているが、私の心の故郷の軽井沢であることに変わりはない。緑溢れる森の中で一人自分を見つめ直すことのできる大切な場所、アウェイで“オフ”になれる最高の場所だと思っている。
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インタビュー=谷本有香 構成=細田知美 撮影=藤井さおり 取材協力=Quantum Leaps Corporation 撮影協力=512 CAFE&GRILL

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