テクノロジー

2018.01.17 08:30

日本初、保険適用の「医療アプリ」が世界の救急現場を変える

アルム代表取締役社長 坂野哲平

アルム代表取締役社長 坂野哲平

デジタルコンテンツ配信事業から一転、医療ICT事業へと舵を切ったアルム。旧態依然とした日本の医療業界を、テクノロジーの力でどう変えていこうとしているのか。


2016年1月、医療界に歴史的な一歩が刻まれた。厚労省の諮問機関である中央社会保険医療協議会で、アルムが開発した医療用アプリ「Join」が保険適用を受けることが決まったのだ。
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医療は先端的なテクノロジーが求められる分野だが、IT活用に関しては必ずしも進んでいたわけではない。14年まではスマホや携帯電話の使用禁止、モバイルはPHSのみという病院も多かった。医療機器についても同様で、かつてはスマホアプリのような単体ソフトウェアは医療機器として認められておらず(認可対象はハードウェアに組み込まれたソフトのみ)、保険の適用対象でもなかった。

そこに風穴を開けたのが、医療関係者用コミュニケーションアプリのJoinだ。保険適用になる医薬品や医療機器は2年に1回、数百の申請のうち数例しか認められない狭き門。Joinも苦戦が予想されたが、臨床経験豊富な委員の「自分が救急医ならすぐ使いたい」という一声に後押しされ、ソフトウェア単体の保険適用第1号となった。アルム代表取締役社長の坂野哲平は胸を張ってこう語る。

「申請していた内容が100%認められたわけではないので、ビシネスとしては50点。しかし、日本の保険行政で医療機器プログラム単体が認められたのは画期的なこと。その意味では100点です」
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Joinが目指すのは、脳卒中や心卒中などの超急性期の早期診断だ。例えば深夜の救急に脳卒中を疑われる患者が運ばれてきたとする。しかし、対応した医師が脳の専門医だとは限らない。院内に専門医が不在だったり、院内にいてもコミュニケーションに手間取った結果、適切な診断を下すのに時間がかかるケースが少なくなかった。超急性期の治療は、時間との勝負だ。数分のロスが患者の命を奪ったり、後遺症の程度に影響してしまう。

救急の現場と専門医をリアルタイムで結び、一人でも多くの患者の命を救う──。それが坂野の願いだった。

Joinは、メッセージアプリのように医師間で簡単に情報共有することができる。PACS(医療用画像管理システム)と連携させて、CTスキャンした画像を院外の専門医に送り、適切な指示を仰ぐことも可能だ。そのほか、専門医が手術の様子をリアルタイム動画でチェックしたり、救急車の位置情報から到着時刻を予想して、手術の準備をすることもできる。

東京慈恵会医科大学の発表によると、Join利用開始前後の比較で治療時間が平均40分間短縮し、早期治療が可能になったことで入院日数が約15%短縮された。

医療界に新しい風を吹き込んだアルムだが、坂野はもともと医療畑の人間ではなかった。大学でプログラミングを学び、卒業後はデジタルコンテンツ配信システムの会社を立ち上げた。事業は右肩上がりで成長して、テレビのキー局をはじめ150社以上の会社がシステムを利用した。

しかし、放送市場は国ごとに環境が大きく異なり、ひとつのプラットフォームでグローバルに展開することが難しい。坂野は将来の展望に疑問を持ち、事業を売却した。

新たなビジネスの模索中にとある出来事が起きる。長男を希少疾患のため十分な治療を受けられずに亡くしたのだ。無念な思いは、医師の責任を問うことより、医師をサポートできなかった医療の現場や制度を変えることで晴らそうと考えた。坂野は「お涙頂戴にしたくない」と多くを語らないが、この経験がアプリ開発の原動力になったことは間違いないだろう。もちろんビジネスとしての勝算もあった。

「世界各国で医療界のプレーヤーのパワーバランスは異なります。ただ、国が違っても治療行為は同じで、医師同士が共有すべき医療情報も変わりません。基本的なニーズが同じなら、ひとつのプロダクトを世界中で展開できると考えました」

現在、Joinは日本、アメリカ、ブラジル、ドイツ、スイス、台湾の6か国で販売されている。日本国内では約100施設、国外では約60施設に導入されている。直近ではペルーと中東でも立ち上げ予定で、19年末までに30か国まで広げることを目標にしている。

また、救急隊員と医療機関を結ぶアプリ「Fast-ED Triage」は、日本に先行してアメリカやブラジルの病院で運用を開始。すでに国際学会でも実績が発表されている。コンテンツ配信システム事業では挑戦しなかったグローバル展開に、最初から取り組んでいる。


「Fast-ED」の共同開発者である、米エモリ―大学の脳外科ノゲイラ教授(中央)らと。一番左が坂野哲平。

「当初は専門医が少ない途上国への展開を中心に考えていました。しかし、先進国でも都市部と地方では医療の格差が大きい。狙うは全世界です」

気軽に使える医療用アプリが世界に普及する意義は大きい。現在、脳卒中・心卒中が原因で亡くなる人は世界で年間1410万人。医療費・介護費は全体の10%を占める。

「将来は年間100万人の命を救い、各国の医療費を3%引き下げたい」。

文=村上 敬 写真=ヤン・ブース ヘアメイク=内藤 歩

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