キャリア・教育

2018.01.22 12:00

「完璧主義者」の真の才能[田坂広志の深き思索、静かな気づき]

スティーブン・ソダーバーグ(Photo by Dave J Hogan / Getty Images)

スティーブン・ソダーバーグ(Photo by Dave J Hogan / Getty Images)

DVDやブルーレイという映像メディアが主流になったことによって、誰もが手軽に高精細度の映像とリアルな音響を楽しめるようになった。そして、もう一つ、誰もが楽しめるようになったのが、「音声解説」である。

それは、その映画を作った監督や製作者が、映画の全編のシーンを流しながら、それぞれのシーンの意図や俳優の演技、製作の裏話などを自由に語る音声を収録したものである。

この監督や製作者の音声解説は、映画関係者や映画ファンにとって興味深いだけでなく、映像や音楽、造形や意匠、文章や言葉など、分野を問わず、創造的な作品づくりに取り組むプロフェッショナルにとっては、極めて学びの多いものである。

例えば、SF映画の名作『ソラリス』の音声解説には、監督のスティーブン・ソダーバーグと製作者のジェームズ・キャメロンが、全シーンを流しながら自由に語り合っている会話が収録されているが、興味深いことに、その中に、ソダーバーグの「完璧主義者」としての姿を象徴する会話がある。

それは、二人の登場人物の対話のシーンであるが、その人物の顔を照らす何気ない光の動きについて、ソダーバーグが、嘆きを抑えるように呟いた。

「光の動きが速い。見るたびに後悔する。他のシーンと比べてテンポが合っていないから、頭に来る」

ソダーバーグのこうした細部にこだわる姿勢は、たしかに、彼が「完璧主義者」と呼ばれる理由でもあるが、このような姿勢を示すのは、決して彼だけではない。この音声解説では、ソダーバーグ監督の嘆きに同情しながらも、その気持ちをなだめる立場の製作者キャメロン。しかし、彼自身、徹底的に細部にこだわる「完璧主義者」である。

彼が監督として製作した映画『タイタニック』は、1997年度のアカデミー賞11部門を獲得した名作であるが、その製作において、彼は、俳優への細やかな演技指導から、舞台セットの配置、小道具の製作に至るまで、時間と労力を惜しむことなく自分自身で指示を出し、納得のいく作品を創ろうとした。

実は、分野を問わず、一流のプロフェッショナルには、仕事や作品の細部を決して疎かにせず、完璧を期する人物が多い。

では、なぜ、彼らは、仕事や作品の細部にこだわるのか。それは、昔から、一つの格言が語られるからであろう。

「神は、細部に宿る」

たしかに、この格言通り、作品の生命力は、つい見落としてしまうような細部にこそ宿っている。しかし、我々は、こうした「完璧主義者」と評されるプロフェッショナルを見ると、しばしば、その才能の本質を誤解してしまう。

作品の細部に、徹底的にこだわることのできる集中力。それが彼らの才能であると思ってしまう。しかし、実は、そうではない。

もし、「完璧主義者」と評されるプロフェッショナルが、本当に、すべての細部にこだわって仕事をしているならば、その人物は、必ず、健康を害してしまうか、精神に異常を生じてしまうだろう。

その当然のことを理解するとき、我々は、「完璧主義者」と評されるプロフェッショナルが、もう一つの優れた才能を持っていることに気がつく。

こだわるべき細部とこだわらなくともよい細部を、見分ける力。それこそが、彼らの隠れた才能なのであろう。

しかし、もとより、それは、何かの分析力や論理思考などの力ではない。それは、直観力や皮膚感覚と呼ばれる力。では、その直観力や皮膚感覚は、どこから生まれてくるのか。

それはやはり、創作者に、究極、問われるもの。「作品への深い愛着」であろう。

田坂広志の連載「深き思索、静かな気づき」
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文=田坂広志

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