オフィスに残されたのは、ホワイトボードとパイプ椅子3つだけ。2013年3月、社内の固定資産をキャッシュに変えられるだけ変え、一つのゲーム会社の清算が完了した。
「悔しい、このままじゃ終われない。もう一度投資するから、一緒にリベンジしよう」
インキュベイトファンド代表パートナーの村田祐介は、同ゲーム会社でCTOを担った、現GameWith(ゲームウィズ)社長の今泉卓也にそう問いかけた。
「投資方針は、起業家にとって最初に寄り添う存在であること。良いことも悪いことも、一番に相談される伴走者でありたい。世間で言われているシード期よりもさらに前、創業前夜のコンセプトづくりという“ゼロイチ段階”から関わっている案件が大半です。優秀でも、背中を押されないとスタートしきれない方は大勢いますから」
翌週、2人はいくつかの新事業案を互いに発表した。その中で、今泉が強く関心を抱いたアイデアが、GameWithの原点となる「攻略wiki」だった。当時、ゲームの攻略情報サイトは数多くあったが、どれも個人運営の域から出ておらず、ゲームメディアの決定的存在はなかった。また、人気スマホゲーム「パズドラ」が登場した時で、スマホゲームの本格的な盛り上がりも期待できた。村田も今泉も、大のゲーム好き。2人は互いに構想をぶつけ合った。
「起業家にとって最も大事な要素は、コミットメントと誠実さ。プロダクトや組織に対して、365日24時間没頭して時間を割けるどうか」
前回の失敗経験は、活かされた。以前のゲーム会社では、早い段階から幹部人材を採用したが、議論が長引くだけでまとまらなかった。また、タイトルリリースに合わせて開発を推し進めたことで無理が重なり、組織が疲弊して人が離れていった。そこでGameWith創業期では、今泉と村田の2人で全体の方針を決め、オペレーションを回していく組織づくりを意識した。村田は、毎週水曜日に開かれる経営会議に、13年6月の創業前から現在に至るまで参加を続けている。
「最初の起業に失敗した2人が、一緒に会社を立ち上げた感じですね(笑)」
例えば、会社設立前にもかかわらず、ヤフーグループのYJキャピタルからの投資を取り付け、今泉がオフィスの入居審査に落ちてしまった時には、村田が自らの名義で借りた。創業2期目には初の役員クラスの幹部として現取締役の眞壁雅彦を、上場準備を始めた3期目には管理系役員を引き入れた。
「今泉さんが必要とする要素を僕が持ってくる、そんなきっかけづくりを続けました。起業家によって伴走の仕方は変わりますが、会社の成長の源泉はトップマネジメントの伸び代がどれだけあるかです」