World Restaurant Awards審査員



アンドーニ・ルイス・アドゥリス(左)とファティ・トゥタック(右)

年が明けた2017年2月には、自身が腕をふるう「ザ・ハウス・オン・サトーン」がアジアのベストレストラン50で初のランクインを果たした。これまでやってきたモダンアジア料理での評価だ。心が揺れていたトゥタックの迷いは深まった。世界はいまの自分の料理を認めている。

それでもアドゥリスの言葉が頭から離れなかった。自分は何故料理の道を選んだのか。料理の道を志したのは、母と台所に立ち、時間をかけて、様々な手の込んだトルコ料理をつくるのが大好きだったからだ。自分の生まれ育った故国の味を世界に知らしめるのが、いま自分がすべきことではないのか。

さらに、初めて参加した「世界のベストレストラン」の表彰式で、世界の一流シェフたちがそれぞれの表現方法で自国の文化を表現していることにも触発された。

ペルー全土の食文化を表現するため、アマゾンからアンデスまで実際に足を運んで確かめる第5位の「セントラル」のヴィルジリオ・マルティネス。さらにバンコクには、同じく世界第7位で、アジアナンバーワンレストランにも3度輝いた、モダンインド料理の「ガガーン」もあった。料理は個人の表現でもあるという考え方にも気付かされた。

そして、トゥタックは徹底的に故郷トルコの魅力を見直した。7000年のワイン造りの歴史、東西の文化の交流点として西洋と東洋の豊かな食材を揃えることができたオスマン帝国時代の宮廷料理、豊穣な大地に育まれた食材。「トルコの食には万華鏡のような魅力がある」と悟ったのだ。

さらに海外を拠点にしてモダントルコ料理を披露しているシェフはいない。誰も選んで来なかった道だからこそ、そこにチャンスがあると彼は思った。ただ、それは両刃の剣でもある。誰も選んで来なかった道、というのは、誰も成功したことのない道でもあるからだ。

メルボルンでの世界のベストレストランの表彰式会場で再会したアドゥリスに、「モダンアジア料理でなく、モダントルコ料理をやると決めた」とトゥタックが決意を伝えると、「時間を見つけて、君のレストランにサポートにいくよ」という返事が返ってきた。

バンコクに戻り、オーナーをはじめとする首脳陣にそれを伝えると、レストラン業界でトルコ料理というのは一般的でないと反対された。しかも、彼のレストラン「ザ・ハウス・オン・サトーン」は、世界各国から旅行者が訪れる5ツ星ホテルの敷地内にある。そういったゲストが好むのは、和食やフランス料理、イタリア料理、中国料理などだ。

トゥタックは時間をかけて説得した。トルコ料理の歴史と豊かな食文化、それを通して訪れた人の胃を満たすだけではない、心を満たすレストランにできる、と訴えた。

思えば世界中の最先端のレストランで、多くの現代的なテクニックを学んだ。それが、世界を見たいと飛び出した20歳の自分が渇望したものだった。それらを手に入れたうえで、あらためて古くからのオスマン帝国時代から伝わるトルコの料理を見ると、まだ磨かれていない宝石の原石のように感じた。世界を知った自分だからこそ、歴史的背景を生かした新しいトルコ料理がつくれるはずだ。いまは自分の頭の中のアイディアでしかないが、とにかく新しいトルコ料理をこの手で世界に知らしめたい。

その思いに、ついに首脳陣も折れ、「新しい料理のトレンドをここからつくっていこう」と言ってくれた。

しかし、どうやってつくるのか。トルコ国内には、少しずつ現代風のトルコ料理の店も出てきていたが、国外でモダントルコ料理を提供する店は、トルコ人の自分も聞いたことがなかった。そもそもタイには、普通の伝統的なトルコ料理の店すらほとんどない。人々がどんな反応をするのかもわからなかった。

すべてを自分の手で、一からつくり上げなくてはならなかった。トルコの伝統料理を、独自性のある表現にするためにはどうしたらいいか。本来のトルコ料理とは、どんな成り立ちで、どんな味だったのか。その答えを求め、国に戻っては古い料理の本を探し、何軒も古書店を回り、その手法を新しいメニューに応用できないか考えた。眠れぬ夜が続いた。

なんとか新しいメニューがスタートしたのは、2017年5月初旬のこと。しかし、モダンアジア料理から、世界的にも珍しいモダントルコ料理への変更は、思っていた以上にハードルが高かった。馴染みのないモダントルコ料理、しかもアラカルトはなく、お任せコースのみ。店内に入りメニューを見てから、「そんな料理聞いたことがない」と出て行く客を、唇を噛んで見送った。

しかし自分がつくる味にも技術には自信があった。元のモダンアジア料理を出せば、客足が戻ってくるのもわかっていた。それでも、意地を張り通した。「世界は、新しい料理の“血”を求めているはずだ」トルコ料理は新しい料理のトレンドになりうるという自分の思いを信じた。空いた時間を使っては、トルコの歴史や文化も徹底的に調べ、タイにいながらにしてトルコの豊かさを感じられる皿をつくろうと研究を重ねた。

文=仲山今日子

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