同僚の解雇かボーナスか? 働く人々それぞれの事情

映画『サンドラの週末』で主演を務めたマリオン・コティヤール (Getty Images)


病み上がりに辛い出来事が重なった彼女の心労は、半端ではない。「物乞いと同じだわ」と自己卑下する気持ちも理解できる。とは言え、見ていてサンドラのネガティブさにちょっとイライラもさせられる。

服用をやめたはずに薬に頼り、夫の励ましにも笑顔はなく、感情が高ぶるとシクシク泣き出し、あげくに「私たち、別れた方がいいのでは」などと言い出す始末。一方、レストランチェーンの店でコックとして働く夫の支援ぶりが好ましい。疲れが出て動けないサンドラに代わって食事を作り、同僚たちの住所を調べるのを手伝い、日曜は車を出して彼女に同伴。

サンドラの失職は家計の大問題だから当然と言えば当然だが、うつ気味の妻をサポートながら生活してきた雰囲気がよく出ている。

ボーナスへの投票を翻してサンドラ派につく者も現れる。「前、助けてもらったことがあったのに、ボーナスを選んで後悔していた」と泣き出す者。サンドラかボーナスか、親子で殴り合いの喧嘩になる場面も。家をリフォーム中の女性は、迷いつつ「主人と相談してみる」と一旦棚上げにしたものの、夫のあまりに非情な態度にキレてサンドラ側に。

そんな中で、どうやら主任が従業員たちに圧力をかけていたらしいこともわかってくる。臨時雇いの若い同僚は、「助けたいけど‥‥」と、主任の意向や先行きへの不安を漏らす。

豊かな者にとっては、たかが1000ユーロ。だが庶民にとっては、何にも代え難い1000ユーロ。そして、誰しも自分の生活、自分の家族が一番大切なのだ。

それぞれの事情や感情が痛いほど伝わってくる中で、「私にも生活があり家族がいる。助けてほしい」と訴え続けるのは辛いものだ。(自分が休職している間)「16人で足りていた。残業代も出る」とある同僚から告げられたサンドラの絶望感は、想像に余りある。

いくら市場で勝ち抜かねばならないからといって、こうしたえげつない選択肢を提示し、従業員を悩ませ対立させる雇用者側に、怒りも湧いてくる。そして更に、自分ならどうするだろうかという問いも浮ぶ。切実な感情をねじ伏せて、困っている同僚の味方につくことができるのか、と。

投票日の月曜。緊張に満ちた職場。結果は8 : 8で、過半数獲得はならず。全力を尽くした結果だから、それも仕方ない。諦めて荷物をまとめるサンドラに社長から呼び出しがかかり、ある提案を示される。

それは、今の仕事を失いたくないすべての労働者にとって、有り難く受け入れるべきであろう話だった。

その提案を、あろうことかサンドラは拒否する。もちろん賢い判断とは言えない。が、弱々しくネガティブだった彼女が、最後に一人の労働者として、真に倫理的な道を選んだことに、見る者は胸を突かれる。

会社から出て来たサンドラの顔は、何かを吹っ切ったかのように明るい。同僚たちの家から家を駆けずり回ったこの二日間が、彼女を変えたのだ。

映画連載「シネマの女は最後に微笑む」
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文=大野左紀子

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