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2018.01.07 15:00

ビバリーヒルズのアートコレクターが「19世紀絵画」にこだわる理由

ジュール・ブルトン「断崖」(1874年)の前で写真を撮るエリック・ウィダー氏(photograph by OGATA)

ジュール・ブルトン「断崖」(1874年)の前で写真を撮るエリック・ウィダー氏(photograph by OGATA)

アートが伝える家訓とは──。石坂泰章が19世紀絵画コレクションをビバリーヒルズのヴィラに訪ねた。

全米屈指の高級住宅地ビバリーヒルズ。両側の豪邸を眺めながら曲がりくねった山道を車で高台へと進む。すると、その中でも別格のゲーテッドコミュニティの入り口が姿を現す。総戸数は十数軒、遥か渓谷を見下ろす風景が眼前に広がり、厳重なセキュリティーが住民のプライバシーと安全を保障している。今回訪ねたエリック・ウィダー氏の邸宅は、この敷地内にある瀟洒なヨーロッパ風ヴィラだ。



ウィダー氏は、スポーツ関連事業大手のウィダーグループを1996年からCEOとして率いるのみならず、傘下には2006年に創業した世界一の歴史書籍出版社ウィダーヒストリーグループを抱える。
 
創業者で叔父にあたるポーランド系移民のジョー・ウィダー氏は、カナダに移民した後、36年に世界最初のサプリメント会社を立ち上げた。その後、車のホイールからバーベルを製造したのを皮切りにボディビル器具の販売を始めたり、ボディビル雑誌を出版したりして、「ボディビルの父」と崇められる存在となった。ちなみにアーノルド・シュワルツェネッガーを世に送り出したのも先代のジョー・ウィダー氏だ。エリックが笑いながら言った。

「叔父は、アーノルドが英語もしゃべれないのに、キャストとして起用してもらうためにドイツのシェークスピア俳優としてあっちこっちに紹介して回ったんだよ」
 
甥にあたるエリックも、巧みに時代に合わせた業態転換で会社を発展させた。競争過多とみるや素早くジム用器具から撤退し、出版不況直前にはスポーツ出版事業からも撤退している。また日本とも接点がある。そう、あのドラッグストアなどで必ず見かけるゼリー飲料だ。日本では森永製菓と提携している。
 
前日、東欧出身の元モデルの美しい奥様を交えて夕食を共にしたこともあり、打ち解けた雰囲気でインタビューは始まった。まずは単刀直入に、今あまり主流とはいえない19世紀絵画を収集する理由を聞いてみた。世界的なコレクションのメインストリームは現代美術で、ましてやロサンゼルスではなおさらだ。ウィダー氏からの答えは「労働に対する感謝」にあった。
 
ミレーの絵画に代表されるように、19世紀絵画には一日の糧を無事得られたことに対する感謝、祈りが込められた作品が多い。これは努力していないように見せるのがクールな現代においては、あまり流行らない。

しかし、移民として辛酸を嘗め、大恐慌を乗り越えて兄弟で事業を拡大したウィダー一族は、常に労働に対する感謝を忘れなかった。夕食での話題は歴史、政治、哲学と多岐にわたり、叔父のビジネスパートナーでIFBB(国際ボディビルダーズ連盟)会長である父の姿もそこにはあった。
 
ナポレオンの研究でも知られ、著作も多数執筆した父の影響のもと、最初は南北戦争のメモラビリアの収集に熱中した。何事も徹底するのが身上。築き上げたコレクションは、OK牧場の決闘の地としても知られるアリゾナ州トゥームストーンの裁判所に寄贈している。
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文=石坂泰章

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