66歳と33歳 ふたりの起業家が挑む「次の当たり前」

三輪玄二郎(左)松本恭攝(右)


「これ、名前を出すと怒られるかな」

ラクスルの社長室で松本恭攝が恐縮気味に話し始めたのは、およそ3年前のちょっとした潜入体験である。彼はトラック配送業の事業主希望者のための説明会に自ら申し込み、会場である横浜まで出かけたという。といっても集まっていたのはわずか5〜6人。

「ほとんど私の二回りぐらい年上」という中高年男性たちにまぎれこんだ若きスタートアップ経営者は、運送業務の内容やフランチャイズ加盟料などの説明を聞いた。

松本は「やっぱり業界はこうなっているんだ」と確認し、ラクスルが求める基準だと再確認した。その基準とは、古い、非効率、不透明、低い利益率、大手が独占したピラミッド構造の業界。まだ、マスコミが「宅配クライシス」と騒ぎ始めるより一年ほど前だったが、佐川急便が通販最大手アマゾンとの契約を打ち切るなど、物流の歪みがいずれ社会問題になると確信した。松本が説明する。

「ヤマト運輸の小倉昌男さんが築いた宅急便は偉大な仕組みですが、当然ながらアマゾンの登場は予測していませんでした。田舎の母親が都会の息子に荷物を送るようなCtoCの仕組みで、eコマースを支えるには限界があります。需給がいびつになっており、直感的にもうもたないと思ったのです」

〈仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる〉を標榜して古い印刷業界に業態変革をもたらしたラクスルの出番というわけだ。

物流業界の市場規模は印刷業界の倍以上の14兆円。上位10社で市場の半分を占め、残り半分に約6万社がひしめき合い、下請け、孫請けが存在する典型的なピラミッド型のゼネコン構造である。

ネットによるサービスで消費者と業者を効率的にマッチングさせ、運送業者の生産性を向上させて儲かる仕組みができれば、それがラクスルの事業価値となる。2016年、こうして新サービス「ハコベル」がスタートしたのである。

──そんな話をラクスルの社長室で松本から聞いたのだが、意外だったのは社長自ら潜り込んだ現地視察だけではない。

ラクスルはその急成長を物語るようにオフィスの拡張を続け、コワーキングスペースのような賑わいを見せている。てっきり社長の松本恭攝は社員と肩を並べて働いているのかと思ったら、「社長室はこちらです」と、別フロアの一室を案内された。

広々とした社長室の片隅で、ぽつんと松本は一人でパソコンの画面を眺めていたのだ。爽やかな笑顔は変わらないものの、社長室をガラス張りにしたり、部屋をなくしたりする経営者が多いなか、社長室を設けて一人でこもる姿は意外である。

「社長室なんて、絶対にいらないと思っていたんですけどね」と、松本は言う。しかし、あえて社長室を置いた背景に、実は彼自身が予想できなかった苦労の痕跡があった。それは「Jカーブ」と呼ばれる成長理論をめぐる話である。



「Jカーブ」とはシリコンバレーのスタートアップが使う概念で、あえて赤字を掘ってから一気に事業を拡大させる手法を指す。ラクスルの営業利益の推移を折れ線グラフで見ると、2015年6月から「J」の字を描くように一気に右肩上がりになり、単月黒字化を達成。まさに事業を「1から100」に拡大させている。松本が言う。

「2012年まで黒字でしたが、大きな事業をつくるには、やはりJカーブを描かないといけないと思いました。ベンチャーキャピタルの出資を受けて、それを使って大きな事業を描く方向に転換したのです」

12年に2億円、14年に15億円、15年に40億円、16年に21億円という巨額の資金調達を行い、この資金を使ってテレビCMやソフトウェア開発およびサプライチェーンに投資。累積赤字47億円に達した後、大きな事業構築を実現していくのだが、経営者としてこの大きな決断は、リクルートに勤めていた友人の何気ないこんな一言が背中を押した。

「ラクスルのモデルは、リクルートでいう『根雪モデル』だよね」
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文=藤吉雅春 写真=ヤン・ブース スタイリング=石関淑史 ヘアメイク=桜井 浩

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