ファッションディレクターの森岡 弘とベテラン編集者の小暮昌弘が「紳士淑女が持つべきアイテム」を語る連載。第10回は、「ロロ・ピアーナ」のオーバーコートをピックアップ。
小暮昌弘(以下、小暮):今月はイタリアのロロ・ピアーナのコートですね。以前、森岡さんはロロ・ピアーナのことを「素材よければすべてよし」と評していましたが、今回はカシミアのコートです。
森岡 弘(以下、森岡):そうです。この素材、触るとびっくりするぐらいの滑らかさ。しかも単なるカシミアではなく、ベビーカシミアです。
小暮:資料によれば、ベビーカシミアはモンゴルや中国北部のヒルカス子山羊から採られる希少な原料だそうです。羊を傷つけない繊細な梳き方で行い、山羊の一生のうち一度だけ、生後3カ月から1歳の間に採るそうです。1頭で採れる量は約80gしかなく、コートではおよそ60頭分のカシミアが必要とあります。
森岡:だから最高の質感を持っているのです。カシミア独特のヌメリがあり、シワにもなりにくい。ロロ・ピアーナはテキスタイルメーカーで、紳士にとっては信頼と安心感を与えてくれる垂涎のブランドです。その実力とセンスを体現したコートですね。
小暮:しかも生地自体はダブル構造で、縫い目がまったく見えない縫合。着やすさを考えて袖にはライニング=裏地はありますが、身頃には裏地は付いていないですね。
森岡:コート自体、本当に軽いですよ。それに身体を包み込んでくれる極上の着心地なんです。
小暮:でも森岡さん、これはロロ・ピアーナではカジュアルなジャンルに入るモデル。ヴィンテージカーのドライバーが快適に運転できるようにデザインした「ロードスター・ジャケット」のロングバージョンと聞きました。
森岡:そうです。いわばカジュアル・オーバーコート。フロントが二重構造で、ニットの襟にベビー・カシミアのビブが付いていて、これが取り外し可能なんです。ビブは風や冷気を防いでくれ、取り外すと、シティライクなコートに変身する。外してしまうと、スーツなどのテーラードスタイルにも合いますね。背中にベルトとボタンが付いていて、背面から見ると、普通のドレスコート。1枚で2役演じられるコートですね。
小暮:そういうアイデアを製品にすると、エレガントとはとても言えないようなものになってしまうことが多いのですが、これはデザインも、テイストもとても洗練されています。
森岡:そういうところがロロ・ピアーナの強みですね。しかも機能までよく考えられている。ラグジュアリーブランドですが、その一歩先を行っているような気がするんですよ。
小暮:このカシミア素材も、レインシステムという撥水加工が施されていますが、機能よりもラグジュアリーさ、エレガントさが先に立っている。そういうところが一歩先を行っているということです。