パルマハムをめぐる土地と食との蜜月関係

(Photo by David Silverman/Getty Images)


もちろん僕らもパルマ滞在中は毎食のように生ハムを食べた。そしてそのどれもが素晴らしく美味しかった。切りたての生ハムは、それこそ天使の羽のようにふんわりとした食感で、口の中に豊かな香りと深い味わいを残してあっという間に溶けていく。

さすがに3日も食べ続けると、いささか飽きてくるのは否めないが、それでも生産者ごとにそれぞれ味の違いに特徴があり、楽しく興味深く食べることができた。豚肉と塩しか使われていないのに、これだけ風味の差が出るのだ。そこに生ハム職人の腕と矜持を垣間見た気がする。

今はアペニン山脈の風も出番がない

豚肉と塩しか使わない、100%天然食品であるパルマハム。工場長にもう少し詳しく話を聞くと、パルマハムの生産状況は、時代に合わせて徐々に変化しているようだ。

日本よりも厳しい食品の安全基準をもつEUでは、昔のように屋外での生ハムの乾燥は認められていない。現在は温度や湿度が管理された熟成庫で、じっくりと寝かせられるのである。徹底的に衛生管理された工場内においては、パルマハム誕生の立役者であるアペニン山脈から吹き下ろす風といえども、あまりその出番はやってこないだろう。


(Photo by David Silverman/Getty Images)

塩についても違いがある。かつてはサルソマッジョーレの岩塩を使っていたわけだが、今は海塩を使っている。パルマは内陸の街だ。かつては海塩を使うには輸送コストがかかりすぎた。流通が発達した現在では、確かに海塩を使ったほうが効率的なのかもしれない。

しかし、ちょっと意地悪な見方をすれば、工場の設備と職人さえ揃えれば、世界中どこでもパルマハムの生産が可能とも言えなくはない。もちろん、工場周辺の風土が製品に与える影響はあるだろうが、極めてパルマハムに類似した偽パルマハムを生産することも可能であるはずだ。模倣大好きなどこかの国などはすぐに生産に取り掛かるだろう。もしそうなれば、パルマハムの伝統や品質に傷がつくだけでなく、パルマハム生産者たちの生活にも大きな影響を及ぼすことになる。

そこでEUがつくった制度が、PDO(原産地名称保護)である。PDOとは、「規定の地理的領域において伝統的な手法によってつくられた高品質の欧州産食品の名称と伝統を保護するために指定された欧州共同体の認証システム」である。

パルマハムの他にも、ヨーロッパ各地のワインやチーズなどが認定を受けている。先日ニュースで話題になったチーズのゴルゴンゾーラもPDOに認定されており、ゴルゴンゾーラの認定区域で指定された原料と製法でつくられたものでなければゴルゴンゾーラを名乗ってはいけない、ということになる。

いかにもお役所的な文章でなかなかにわかりにくいが、簡単にいえばPDOとは「その商品が高品質で安全で本物かどうか」を我々消費者が見分ける判断材料になるということだ。

食の安全性についてはシビアな目を持つのがヨーロッパの消費者だ。PDOに認定されるには厳しい審査がある。パルマハムの場合、その生産地域はもちろん、原料となる豚の産地や飼料、飼育期間や体重まで、細かな条項を全てクリアしないと「パルマハム」の名前を冠することができない。それが世界中で愛され続けるパルマハムの美味しさの秘密ともいえるのだ。
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文=鍵和田 昇

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