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South Asia Report




HARUさんがインドでのデビューしたのは今年7月。通っていた大学を休学してニューデリーに渡り、長尾さんの会社に所属して活動を開始した。清潔さや便利さとはかけ離れた環境の中、自前で衣装を用意し、歌や振り付けの練習に励む日々を送ってきた。

もともとは、アイドルをこよなく愛するファンのひとりだった。AKBなどのアイドルにあこがれ、高校時代は地元の島根県から福岡県までライブに駆けつけたことも。だが、次第に興味はネットやライブハウスで活躍する「地下アイドル」に移り、大学進学後は、自らオーディションを受けてアイドルグループの一員となった。

だが、HARUさんは「もともとアイドル活動よりも、それを支える側の仕事に興味があった」といい、アイドルをプロデュースする仕事がしたいと、3カ月で脱退。その後、アイドル文化を海外に広げたいと考えるようになり、その先として注目したのがインドだった。ムンバイが拠点の映画産業「ボリウッド」の作品や、そこで繰り広げられる歌やダンスに興味があり、特徴的なきらびやなファッションに「(日本の)アイドル文化が根付く土壌がある」と考えた。

当初はインド人アイドルグループを結成し、プロデュースして売り出すことを考えた。しかし、長尾さんから「インドの人はアイドルが何かを知らない。それならば、自分がアイドルになって、その実像を見せた方がいい」とのアドバイスを受け、再びステージに立つことを決めた。

インドではテレビ番組で欧米人のダンサーが人気を博したほか、中国人俳優が活躍している例もある。しかし、外国人俳優といえば欧米系が主流で、アジア系となるとほとんど見当たらない。現地の記者に聞いても「日本人のタレントは聞いたことがない」というのが実情だ。

その一方で、日本や韓国のドラマは若者に人気があり、日韓の芸能人のファンも徐々に増えている。韓国人の人気俳優がインドに訪れた際は、インド人女性の「追っかけグループ」が登場したほどだ。HARUさんの仕掛け人でもある長尾さんは「HARUの活動をきっかけに、インドの若者たちにアイドル文化が広まっていくのではないか」と期待を寄せている。

HARUさんは、来春から大学に復学するため、今年いっぱいで活動をいったん終え、日本に帰国した。だが、半年余りの活動で少しずつ手応えも感じ始めてきたことから「来年もまた、インドでアイドルをやりたい」と意欲を見せている。HARUさんによって、急速な変化を遂げつつあるインドで、アイドル文化の新風がもたらされたことは間違いない。

文=佐藤大介

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