縦割りで融通が利かないと批判されることも多い役所の中で、このような部署を横断するような調整を行うことは容易ではない。「各課の理解と協力があったからこそ実現した」と生水は言う。
ひとりを救えない制度は制度ではない
たとえ役所が相談窓口を設けたとしても、その存在を認知していなかったり、精神的に追い詰められているために足を運べなかったり、相談が受けられない人たちもいる。そんななかで、この野洲市の取り組みは、まだ表面化せずに潜在している多重債務者や生活困窮者をいちはやく支援する先進事例として大きな注目を浴び、全国へと広がることとなる。
その後の生水の活躍には目覚ましいものがある。衆議院および参議院の消費者問題に関する特別委員会で意見陳述を行い、時の総理や大臣に対しても臆せずに意見を述べた。さらに、内閣府や厚生労働省などが主幹する国のさまざまな委員会の委員も歴任する。市職員としては異例中の異例である。まさに「最強の地方公務員」かもしれない。
なぜ、これだけの成果を上げることができたのかと尋ねると、生水はこう答えた。
「目の前の相談者の話をよく聞くこと、やるべき事のヒントはすべてそこにあります。公務員は公平公正と言って、まんべんなくサービス提供を行わないといけないという考え方があるのです。しかし、野洲の市長は『ひとりを救えない制度は制度じゃない』という考え方で、『まず、徹底的にひとりを支援する。それが上手くいけば制度を普遍化すればいい』と言ってくれます。『それが社会のためになる』と」
生水はひとりひとりの相談者と真剣に向き合い、彼らを救ってきた。そして現場で得た知見をもとに新しい視点で業務フローを構築し、さらには、制度である法律や条例にまで、市民ひとりひとりの思いを反映させている。そんな彼女の活躍を見ていると、全国の地方自治体の職員には、まだまだ彼らが自覚している以上の価値と可能性が秘められているのではないか、と感じざるを得ないのである。