ビジネス

2017.12.13 08:30

三菱ケミカルが新チームで挑む「脱・茹でガエル」作戦


イノベーションの文化を変える
 
実はマイクスナーも、越智とは別の視点で、今の企業には、事業のあり方を変容する必要性があると感じていた。
 
少し前まで、日本でもアメリカでも、新規事業をつくるための戦略は、社内におけるR&Dと、社外に対するM&A(企業買収)の二本柱だった。それは従来から、三菱ケミカルHDが得意としてきた戦略だ。しかし今の時代においてイノベーションを起こすためには、R&DとM&Aが唯一の方法ではないと、マイクスナーは考えているのだ。

「R&Dは、これまで技術開発を進めてきた自社が強みとするテクノロジーをベースに、研究者が、次の発明、次の発明へと進めていくもの。もちろんごく稀に飛躍が生まれることもありますが、99%は、『このポリマーのこの数値を高める』といった、改良です。それは事業のために必要なことですが、イノベーションにはならない」

一方、M&Aは自社にないテクノロジーと人材を一瞬で手に入れる有効な手法だが、「期待されるリターンに対して、投資額が大きく、失敗すると数十億、数百億円を失うリスクがある」。技術と時間を金で買うM&A戦略は、今や必ずしも投資効率の良い事業戦略ではないというわけだ。
 
では、新時代のイノベーション戦略とは何なのか。それは、スタートアップのベンチャーを含む、先端テクノロジーをもつ人々のネットワークに自らを接続することだという。その手法は例えば、「10万ドル程度の小さな投資をする」「1〜2年程度のライトなパートナーシップを結び共同開発をする」といったことだ。そうした関係を多数の企業と結び、分散投資するのである。

そのためには、人と人のオーガニック(有機的な)ネットワークを構築する必要がある。多くの日本企業は、ここに苦労している。「シリコンバレーを日本から時々出張で訪問しても、本当にすごいテクノロジーの情報は、入ってこない。同じ大学で研究した仲間や、昔からの友人だから入ってくる情報は、結構多いんですよ」。カリフォルニア州で生まれ、スタンフォード大学を卒業し、米国の多数の企業の研究開発部門に30年以上いたマイクスナーには、シリコンバレーはもちろん、世界中にそのネットワークがある。CTOとして、自らのチームとともにイノベーションの新たな次元を見極めたいという。さらにこの戦略を進めるため、近く、足掛かりとなる要員をシリコンバレーに置く準備をしている。

そんなマイクスナーが考える、イノベーションの本質とはなんだろうか。

「人々の生活のあり方を変え、業界の構造を変えるような“破壊的イノベーション”は、ある突出したテクノロジーと、別の突出したテクノロジーが、融合した時に初めて生まれるものです。日本には、ある分野では世界一のすごい技術がたくさんある。三菱ケミカルHDにも多数あります。しかし、別の分野では他の国が世界一で、日本は遅れています。例えば、IoT、AI、ICTなどは、アメリカの方がずっと進んでいる。この領域におけるベンチャーキャピタルの投資額は、アメリカは世界の70%、日本は1%。話にならない。三菱ケミカルHDは出会いを求めて飛び出さないといけない。越智さんは『この丸の内1-1-1からだけではイノベーションは生まれない。世界と繋げてくれないか』と言った。私は大変嬉しかった。望むところです」


三菱ケミカルHDの先進技術を結集した都市型コミューターカー、重量490kg。


取締役社長 越智 仁◎1977年、京都大学大学院工学研究科化学工学専攻修士課程修了、三菱化成工業入社。米テキサスウルトラピュア社取締役、三菱化学常務取締役を経て2012年三菱レイヨン社長。15年、三菱ケミカルHD社長。17年4月、現職(兼任)。

執行役員 森 崇◎1984年、大阪大学基礎工学部物性物理工学科卒、丸紅入社。UCLA Anderson大学院マネジメント校(MBA)。94年よりゼネラルエレクトリックで日本市場担当役員等を歴任、2009年、キヤノン入社、医療機器事業開発等を統括。17年6月、現職。

CIO & CTO ラリー・マイクスナー◎1984年、カリフォルニア工科大学化学工学科卒業後、エクソン(現エクソンモービル)入社。92年、スタンフォード大学Ph.D.。Air Products科学研究員、Ceramatec主任研究員等を経て、2011年、Sharp Labs of America社長。17年4月、現職。

CMO 市川奈緒子◎1981年、東京大学文学部卒業後、コルグ入社。ダートマス大学タックスクール修士(MBA)。米系戦略コンサルティング会社、ゼネラル・エレクトリック、ノバルティスファーマを経て、2012年より産業革新機構にて投資先支援。17年7月、現職。

CDO 岩野和生◎1975年、東京大学理学部数学科卒業後、日本アイ・ビー・エム入社。87年、プリンストン大学Ph.D.。東京基礎研究所所長、米国ワトソン研究所担当ディレクター等を経て科学技術振興機構研究開発戦略センター上級フェロー。2017年4月、現職。

文=児玉博、写真=ヤン・ブース

この記事は 「Forbes JAPAN CxOの研究」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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