この天才は、ただ一人地球滅亡を逃れ、銀河系の縁に寓居を構えていた。自分好みの伴侶ロボットも同居している。気が倦むと、窓外にかつての太陽系第三惑星に存在していたハワイやアルプスの光景が展開する。
50年以上前の少年雑誌で読んだSFショートショートの書き出しである。作者は覚えていないが、最近の金融の世界はこの作品のモチーフを地で行くようだ。
フィンテックである。FinanceとTechnologyの合成語だ。
金融の世界では、1980年代から最先端技術を取り入れた革新的な動きが目立ち始めた。アポロ計画に携わったような第一線のエンジニアがウォール街に移り、さまざまな金融技術の開発を先導してきた。サブプライム問題で話題になった複雑な証券化商品やアルゴリズムによる運用、コロケーションやHFT(高頻度取引)等々はその成果と言えるだろう。
いまやクラウド・ファンディングによる資金調達や人工知能、ロボットを活用した運用・投資アドバイスが現実のものになっているが、フィンテックは急に始まった目新しい話ではない。
ではなぜ今、フィンテックなのか。価値の交換手段=決済手段とその方法についての、人類史上を画するような革新の芽が出ているからである。これまでの金融の枠組みで高度化を進める動きとは異なり、金融のパラダイムそのものを変える可能性がある。
具体的には、ビットコインに代表される仮想通貨(原語のcrypto coin、暗号通貨の方が実態を表している)である。仮想通貨を活用した新興企業の資金調達(ICO=Initial Coin Offering)はその応用だ。
仮想通貨の特徴は、何といっても分散化と直接民主制のような構造にある。高度な情報通信技術で取引を分散管理し、その信頼性を多数の参加者の競争的な検証作業で確認している。いわば管理者不要の仕組みである。銀行などを介さずに取引者同士で決済ができるから、決済コストが安くかつ簡便になる。現代社会の金融システムが、中央銀行への中央集権化と銀行間決済ネットワークを挟んだ間接民主制的な枠組みを持っているのと対極だ。
仮想通貨については、本当にセキュリティは大丈夫なのか、相場の乱高下が怖い、金融政策の番外地で良いのか、などの懸念がある。半面で、近未来の効率的で低廉かつ安全な金融システムになりうる、と期待する向きもある。
それゆえに、金融規制当局も伝統的な金融事業者もともに、進ませたいが大丈夫か、未知の分野の怪しさを感じるが次代を担いそうでもある、といった「前向きの迷い」の中を逡巡している。