その制度を変えた唯一の男がいる。大阪府箕面市の市長、倉田哲郎だ。倉田は総務省に勤める国家公務員だったが、その職を辞して箕面市の市長選挙に勝利した。
「ずるくありませんか?」
倉田は箕面市役所の経営改革を徹底して進め、5年連続だった財政赤字を市長就任後の翌年から黒字転換させた。しかし、あるとき若手職員の不満を直接耳にすることになる。
「ずるくありませんか?」「何もしない人は全然何もしない。それなのに給料は変わらない」
歳をとるだけで給料が上がっていくというシステムの合理性を説明することは難しい。本来、労働の対価というのは、年次ではなく成果に基づくべきだからだ。退職時期を意識せざるを得ない、あるいは成果捻出を放棄したい一部の職員には、当たり前のように“年功序列”を受け入れている節があるのかもしれないが、特に新卒で志に燃えた職員、有能な中堅職員、そして、最近増加している民間からの転職者などにとっては、モチベーションを下げる大きな要因になるのではないか。
倉田は若手職員の話を聞いて、「市役所全体の成果を上げるためには、頑張った人が報われる給与体系にしなければならない」と強く感じた。そして、二期目の市長選挙では人事給与制度改革を選挙公約に掲げた。
不退転の決意
当然、公約が実現しなかった場合、政治家としてはリスクが大きい。「実現できる確信があったのか?」と倉田に問うと、「むしろ、公約に書かないと実現できないと思った」と答えた。市民に宣言して選挙に勝つことで“力”が生じるからだという。
実はこの公約を掲げるために、倉田は自らの支持基盤と距離を取ることとした。一期目の選挙のときには自民党、公明党、そして民主党からも推薦をもらい、市役所の職員組合も倉田の応援に回った。しかし、給与制度改革の話を進めようとすると、多くの組織が反対をする。そのため、二期目の市長選挙では、倉田はどの組織からも推薦をもらわずに完全無所属で出馬した。
まさに背水の陣であったが、一期四年の実績を引っ提げて、倉田は市長選挙に見事勝利した。