(中略)クリミア危機を巡っていま、2つの懸案事項がある。
1つ目は、ロシアの今後の動きだ。ウクライナ問題はいま膠こう着ちゃく事態にある。これは西側諸国による経済制裁がロシアに効いていることの表れともいえる。おそらく、プーチン大統領は当惑しているはずだ。ロシアからエネルギーを輸入する立場にあるヨーロッパ諸国が、まさかここまで強硬になるとは思わなかっただろう。
2つ目は、石油価格の下落である。このダブルパンチにより、ルーブルが暴落。ロシア経済は想定外の状況に置かれてしまった。
ただ、経済制裁や石油価格による経済への影響も大きいとはいえ、それ以上に深刻なのは、上流中産階級がロシアから逃げ出していることだ。
クリミアに侵攻する前、ソチ五輪を控えたロシア経済には大きな期待が寄せられていた。開幕前に、プーチン政権と敵対していた、石油会社ユコスのミハイル・ホドルコフスキー元社長(51)が恩赦により釈放された際は、「ロシアでビジネスをしても安全だ」という、ビジネスエリートに向けられたメッセージと受け止められたものだ。
それが、クリミア危機で180 度変わってしまった。いまでは流動性資産を持つ富裕層は、競うようにロシアから逃げ出している。これもロシア経済の弱体化に拍車をかけている。
そしてこれは、プーチン大統領自身にとっても大きなダメージだ。西側諸国では、旧ソ連の秘密警察KGB 上がりの彼を愛国思想に突き動かされた冷戦思考の持ち主と考えがちだ。
しかし、プーチン政権は事実上の「専制政治」である。ミハイル・カシヤノフ元ロシア首相は、それを「(プーチンの)お友だちのための資本主義」だと私に語ったことがある。つまり、プーチンとその取り巻きを肥やすための「収奪政治」だったのだ。「お友だち」も、当初はチリのピノチェト政権のような、専制政治と市場経済のハイブリッド型である「ピノチェト・モデル」をプーチン政権に期待していたはずだ。ところが、いまのロシアは両方の「悪いところ取り」と言える。専制政治と、崩壊した経済だけが残ったのである。
ロシアは、ソビエト連邦の崩壊後も経済を多様化することを怠ってきた。いま、そのツケがまわってきたのだ。自国産業だけで経済を立て直すのは、決して容易ではないだろう。
エネルギー価格に支えられて好況だったロシア経済は新しい中間層を生み出した。彼らも現政権の政治的な支持基盤だったが、前提となる経済が崩壊したいま、プーチン大統領は新しい支持層を至急見つけなくてはいけない。そこで考えられるのが、ナショナリズムに訴えて労働者階級を取り込むポピュリズムへの転向だ。
(以下略、)