よく、ワインが好きかと聞くと「好きなんですが、あまり詳しくないんです」と言葉を返す人が多い。
もちろんワインや料理に対する知識があれば、より楽しみ方の幅も広がるのだが、そもそもワインとは食事の一部である。美味しく楽しく飲むのが一番重要なことなのに、「ワインは知識がないといけない」と思い込みがちではないか。そのせいで敷居が高くなってしまい、気軽にワインを楽しめなくなっている状況もあるように思う。
そんな敷居を取り払い、「ワインは堅苦しくて難しいもの」というイメージを払拭させるのも、大塚さんの課題となる。現在、既存のワインの常識を覆すようなイメージビデオの製作や、ボルドーワインのポップアップバーのオープン、イベントの企画など、これまでとは全く違う方向性で様々なプロジェクトが進んでいるという。
世界に名だたるワインの街、ボルドー。高級ワインの銘醸地であるがゆえ、その歴史と伝統が足枷となり、現在の低迷を招くことになってしまった。海外生活の長かった大塚さんにとって、しがらみの多い日本、形式を重んじるワイン業界というのは、改革を進めていく上でいささかやりづらい現場であろうことは想像に難くない。
しかしそんな中でこそ、固定観念にとらわれたワイン愛好家たち驚かせるような(場合によっては怒らせるような)、思い切った改革を行い、新しいボルドーワインのイメージを創造してもらいたい。そしてもしボルドーワインのイメージが変われば、その時はワインのイメージそのものも変わるだろう。世界中にワイン産地は数あれど、それだけの影響力を持つのは、他ならぬボルドーだけであろうから。
ところで、ボルドーワインといえば、渡辺淳一さんの「失楽園」の中に5大シャトーのひとつ、シャトー・マルゴーが登場する。生前、渡辺さんはこんなことを仰っていた。
「インポテンツになって初めて、本当の愛を知りました」
なるほど、名言である。あの失楽園の作者が言うのだから、言葉の重みが違う。様々な解釈ができるだろうが、たとえば「逆境を受け入れると、新境地が開ける」というように捉えることもできなくはない。いまのボルドーワインが置かれている状況も、まさにこのようなものではないか。長年の歴史と名声ゆえに、変革を求められるボルドーワイン。この状況をどう活かし、どのような新境地を見せてくれるのか。大塚さんの腕の見せ所である。
大塚さんはこうも言っていた。「ボルドーワインに関わる人全部が、チームボルドー。そういう意味でもボルドーワインは家族のようなものなんです」と。嬉しい話ではないか。伝統と格式ある良家のワインを我々の食卓にお招きすれば、僕ら愛飲者もボルドーファミリーの一員というわけだ。
「ワインの女王」の華麗なるイメチェン劇は始まったばかりだ。その恩恵を享受できることに感謝し、女王の今後の変貌ぶりをグラス片手に楽しみたいと思う。