イーロン・マスクの元部下がテスラで学んだ「危機感の作り方」

ドライブモード共同創業者の上田北斗




入山
:他には何かありますか?

上田:彼はシークレットマスタープランという最終的なゴールと、それにたどり着くための3つのステップを公開しています。最終的なゴールとは、すべての家庭に電気自動車を置くこと。そのためにまず「ロードスター」と自社開発の「モデルS」を作り、第3ステップとしてこれからローンチする大衆向けの「モデル3」を作ります。これらのステップは最初から決まっていたんです。

ゴールとそこにどうやってたどり着くかだけを公表して、社内では次に行うべきことを社員が全総力を捧げるよう徹底しています。例えば、工場を4カ月で立ち上げるとか、コストを25%カットするとかですね。

それまでコストのことは気にしなくていいと言っていたのに、ある時から急にコストカットを要求するのです。目標を1つ1つクリアにして複雑なことを考えさせず、とにかく簡略化して全員で取り組みます。デリバリーの面で問題があれば、セールス担当じゃなくても週末に出社して全員でアイデアを練りましたね。

入山:目指すべきゴールとそのためのステップを提示したら、あとは1つずつ乗り越えるべき壁に集中するということですね。

上田:それともうひとつ、テスラでは「イノベーション」という言葉を聞いたことがありません。社員にはイノベーションをやろうという意識は全くないのです。なぜならイーロンの問題設定が不可能・矛盾なことばかりだから。

例えばモデルSの構想は、プリウスの2倍の燃費なのにポルシェより早く、かつミニバン並みのスペースがあってセダンなのに7人乗り……というように、車の世界ではトレードオフで成り立っていることを要求しています。でもこの矛盾を解決できれば、間違いなくブレイクスルーが起きるはずです。

入山:面白い!トレードオフの解消がそのままブレイクスルーにつながるということですね。

上田:まず矛盾した問題を設定してしまう。もちろんそれはなかなか解決できないのだけど、解決策を見つければ。そうやってトレードオフをなくせば、他より絶対的に優れた車になるはずです。

入山:でもそれって、子供がおもちゃを欲しがって無茶を言っているようにも受け取られないですか?

上田:イーロンのバックグランドは物理学なので、あくまで物理的に無理なことは言いません。ギリギリ不可能ではないことを注文します。

入山:上田さんはエンジニアですが、イーロンはその基礎にあたる物理的な限界の感覚を持っているということですね。

会場:会社の規模が大きくなってもマネジメントを行うための秘訣はありますか?

上田:危機感をつくることですね。僕も起業してみてわかりましたが、危機感は自然には生まれないので人工的に作るしかありません。イーロンは絶対にやらなければならないと思わせるのがとにかくうまいんです。

入山:具体的には何かありますか?

上田:まずはマインドセットですかね。彼は常に「自分たちが不可能なゴールにたどり着けないと思っているならすぐに辞めて資金を投資家に返し、できると思っている人に再投資してもらうべき」と言っていました。「自分たちが問題解決のために最適なチームじゃないと思うならすぐにやめろ」と何度も言われながら、がむしゃらに走り続けた4年余りでした。

入山:ここまでのあまりにストイックな話を受けて、テスラの働き方を他人事のように感じる日本人も少なくないかと思います。テスラで働く中で日本企業と関わったこともあるかと思いますが、彼らのワークスタイルをどう感じましたか?

上田:できないことを前提に、ネガティブな話をすることが多い印象です。日本企業との打ち合わせは「難しいですね……」という単語を頻繁に耳にします。だから、アメリカ人たちは「難しい」という単語を覚えてしまうんです(笑)。

それで僕が「難しい」の意味を説明してあげると、会議の後に彼らは一同に「とても良い話し合いだったね」と口にするんです。ここにあるのは、前提的な違い。彼らは「難しい」という言葉を「大変だけどやればできる」、つまりは快諾の言葉だと認識したみたいなんです。

同じ言葉についての認識がここまで異なるものかと、当時はかなり驚きました。

編集=フォーブス ジャパン編集部

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