父親から教わったことはいくつかあるけれど、いちばんはやはり、お金の価値・使い方だろう。父は熊本県・天草で金融業を営んでおり、まだ小学生の僕に公定歩合とか預貯金の金利について教えるような人だった。僕は小学3年生でキャッシュカードを持たされ、僕名義の口座に振り込まれる月のお小遣い600円を自分で引き出していた。
中学生になったころだったか、一度、現金を運ばされたこともあった。バッグに入っていたのは、なんと3000万円! 所定の場所まで2時間半ほどバスに揺られていたのだが、周りにいる人すべてが泥棒に見えてしまうという、なんとも言えない経験をした。
そのような父からの教えが、僕にどう影響したか。ケチになった(笑)。よく言えば「もったいない主義」になった。何かを求めようとするとき、それが適正な価値なのかどうかを考えてしまう癖がついたのである。
例えば、大学時代。僕が仕送り9万5000円で暮らしていたとき、家賃30万円、仕送り100万円という医学部の親友がいた。彼と彼の友人は、試験が終わるとディスコ「青山King&Queen」にポルシェやフェラーリで乗り付け、VIPルームで30万円のドン・ペリニョン・ロゼを開ける。
一方、僕はそこに電車で向かう。さすがに車が欲しいと思ったけれど、買えるのはせいぜい中古の国産車。ならば、それを我慢して、違うかたちの贅沢な気分を味わえばいいのではないか?
それで行き着いた答えが「遊び場の近くに住むこと」だ。たいがい青山か六本木で遊んでいたので、赤坂にある秀和赤坂レジデンシャルホテルというマンションの一室を借りた。家賃は9万円。大学生にしては高いけれど、車を買って駐車場代や維持費を払うことを考えたら安いものだ。遊び場には自転車で通うことにした。闇も深くなった時分、自転車で風を感じながら帰宅の途につくのは、気分のよいものだった。
そう、僕は大学生のときに完全に腑に落ちたのだ。お金を闇雲に消費するのはカッコ悪い。むしろ、価値をつくる使い方を考えることが大切だし、カッコイイことなのだと。
素晴らしい光景に出合えるワケ
資産家は資産がありすぎて、使い方に困っている。もしくはお金の価値を見つけにくくなってしまう。僕は常々、「資産コンシェルジュ」というのをやってみたいと思っているのだが、お声がかからないので、この連載でひたすら妄想している。
もちろん、社会のために上手にお金を使える資産家もいらっしゃる。たとえば『Forbes JAPAN』の高野真編集長。高野さんは、「星のや東京」の浜田統之総シェフが軽井沢ホテルプレストンコートのシェフだったとき、別荘でのケータリングパーティで重用していた。
あるとき、浜田さんがボキューズ・ドール国際料理コンクールの国内予選に選出された。高野さんはその予選のスポンサーに名乗りをあげたという。「大好きなシェフが晴れ舞台で戦うなら応援したい」という純粋な気持ちからだ。その想いに応えるかのごとく、浜田さんは国内予選とそれに続く大陸予選を勝ち抜き、フランス・リヨンで開催される本選で世界中から選ばれた24カ国のシェフと戦って、見事銅メダルを獲得した。念願の日本人初の表彰台だった。