NHKがAI野球解説「ZUNOさん」を作った理由

NHKとDentsu Lab Tokyoが共同開発した「AI野球解説 ZUNOさん」


ZUNOさんの企画が始まったのは2年ほど前のことです。AIやディープラーニングという言葉がだんだんと市民権を得始めていたころで、僕と田中さんは「AIをもっとエンターテインメントに」というのを目標に企画を考えていました。

というのも、AIというとアルファ碁が囲碁の世界チャンピオンを破ったことで「AIが人間を超えた」とビッグニュースになったり、「AIに仕事が奪われる」といった研究が記事で拡散するなど、どちらかというと“AI脅威論”が大勢を占めていました。もちろんそういった側面はAIを語るうえで避けては通れないとして、それだけだとイヤだよなぁと。「AIと人間がもっと楽しく、共生する方向でものを考えたいよね」と話していた中で出てきたのが「野球解説」だったのです。

野球がいいところは、まずデータが豊富にある点です。データスタジアム社が過去10数年分の300万球を超えるデータを持っていて、その膨大なデータ資産を生かさせてもらえれば、なにか作れるだろうと。そして、野球(に限らずスポーツ)は、最終的には「人間がやる」という点がなによりいいところです。

データ的にいくら正しくても、どれだけ予測の精度をあげても、最後は人間がボールを投げるのです。投げる本人も考えてもみなかったところにボールがいくことがある。その「不確定要素」がAIとの共生の一つの可能性のような気がしました。

AIが100%正しい解を出すと思うと、AIが怖くなったり、脅威に感じたりするかもしれません。自分が絶対勝てないと思うものに、人は親しみを持つことは難しいでしょう。でも、失敗したり、答えを外したりするAIだったらどうでしょう。ちょっとかわいい…って思いませんか?

データがたくさんあって、AIが間違える余地=不確定要素がたくさんある。野球は、「AIとの共生」を考えるうえでうってつけのテーマだと思いました。

その後ZUNOさんは、NHK編成局の有沢慎太郎とDentsu Lab Tokyoを中心に開発が進み、2017年春にデビューしますが、そこから数々の予測でネットを盛り上げてくれました。まずはシーズン前の順位予想。阪神を最下位と予想し、「ZUNOを道頓堀に沈めたろか!」という熱いコメントがつくなど、いきなりネットで炎上します。

続いて、6月9日のロッテ×ヤクルト戦は秀逸でした。ZUNOさんはこの試合で以下のような予測をします。

■4対3でヤクルトの勝利
■山田哲人(ヤクルトの選手で球界を代表する名バッター)が4日ぶりにホームランを打つ

そうしたら、1回裏にロッテが4点取ってしまって、いきなり予想が外れます。

ネット上では「ZUNOは無能」というナイスな韻を踏んだ批判もありましたが、回が進むにつれて、異様な熱を帯びてくるんですよ。山田選手の打席のたびに「ZUNOがんばれ!」「山田ホームランを打ってやってくれ」とZUNOさんを応援する声が増えてきたんです。

そしてついに最終回。9回表2アウトで山田がバッターボックスに。なんだ、このドラマチックな展開。ついに奇跡が起こるのか? ネットの人たちも固唾をのんで見守ります。そして、山田が打った!ボールが上がった!いくかーーー、ついにZUNOさん正解くるかーーーーっ!!

レフトライナーでした。結局、ZUNOさんはすべての予測を外すんですけど、「ZUNOさんのおかげで野球中継の楽しみ方が増えた」というポジティブな声が上がったんです。

完璧にはできないから、応援されるAI。目指していた「脅威ではなく、共生」の第一歩が踏み出せたような気がします。(ちなみにZUNOさんの名誉のために言っておくと、その後ZUNOさんは学習を続け、冒頭お伝えした通り、配球予測の精度は野球解説者と肩を並べるところまできています。頑張ってます、ZUNOさん)
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文=小国 士朗

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