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フォーブスジャパン編集次長/シニア・ライター

ジョン・ラーゲリンCBO(左)山田進太郎CEO(右)

それは突然のことだった。2017年6月に発表された元フェイスブック幹部の参画。なぜ彼はメルカリを選んだのか。トップ2人が語る、誰も知らない採用までの舞台裏。


今年6月、フェイスブックのVP(ヴァイスプレジデント)、ジョン・ラーゲリンが執行役員CBO(チーフ・ビジネス・オフィサー)としてメルカリ入りしたことが、日本だけでなく、海外でも報じられた。しかし、どの記事にも見当たらなかったのが、その理由だ。

2014年にグーグルからフェイスブックに移った彼は、マーク・ザッカーバーグから約200人のチームを任され、VR(仮想現実)企業のオキュラス社とのパートナーシップなど新規事業開発や、メーカーなどとの渉外を担ってきた主要人物である。そんな彼が、なぜ日本発のフリーマーケットアプリ企業に転職したのか。

メルカリの創業者で会長兼CEOの山田進太郎は、「アメリカでの事業を加速させようと決めたとき、まっさきに頭に浮かんだのがジョンでした」と明かす。14年にアメリカに進出して以来、山田は時折、フェイスブック本社の食堂などで旧知のジョンと食事を共にしたが、「ジョンは要職にあるので、転職は非現実的だなと思っていました」と振り返る。

メルカリは16年7月にiPhone向け無料アプリの全米ダウンロードランキングで、「Bitmoji Keyboard」「ポケモンGO」に次いで3位になるなど健闘していたものの、山田は「日本に比べると、成長のスピードが遅い」という課題を抱えていた。「日本人より上手」と言われる敬語を使いこなすジョンも、日本語でこう話す。

「アメリカのメルカリは、行列ができる前のラーメン屋さんみたいなものです。味も素材も評判なのですが、まだ一般的になったわけではありません」。では、なぜ彼は世界から注目される要職を捨てて、山田の参謀になったのか。


山田進太郎、ジョン・ラーゲリンが1年の大半を過ごす、メルカリ米国子会社のオフィスはサンフランシスコ市街が一望できる。

「親切に怒る」歌舞伎町の客に学ぶ

世界トップ企業のグーグルとフェイスブックで働いたスウェーデン出身のジョン・ラーゲリンが、東京・歌舞伎町の「ドコモショップ新宿東口店」で社会人生活をスタートさせたことはあまり知られていない。02年、彼は靖国通り沿いの店頭で携帯電話を売っていたのだ。

もともとストックホルム商科大学で「オンライン時代のブランドマーケティング」について研究していた彼は、東大大学院に進学。東京の居酒屋でiモードを立ち上げた榎啓一を囲む飲み会に参加した際、ジョンの話を面白がった榎から、ドコモの入社試験を勧められたのがきっかけである。

配属先の新宿東口店は土地柄のせいか、「お客さん同士が声がうるさいと喧嘩を始めたり、警察官が来たりと深い経験ができたのですが、実はいまでも役立っている点があります」と言う。それは日本人が、「親切に怒る」ことだ。

「お客さんから厳しいご意見をいただくのですが、ただ怒っているのではなく、『ダメじゃないか』と問題点を指摘してくれるのです。きちんと対応すれば怒りは収まりますし、特に学んだのは、消費者はわかりづらさや面倒くささを、僕たちの想像以上に嫌がっていることでした」

携帯電話で誰かと話したりメールを送りたいという人間の単純な欲求を満たすために、なぜ分厚い約款を読んだり、サービス体系を知らなければならないのか。店員も覚えなければならないことが多い。だから、彼はこう考えるようになった。

「料金体系やサービスをシンプルにわかりやすくすれば、みんながハッピーになる。そこが勉強になったのです」

当たり前の話のようだが、フェイスブックが瞬く間に時価総額で世界トップ5の企業になったのも、孤独や不安といった人の普遍的な心理に、視覚化した「関わりあい」が刺さったからだ。技術だけで世界を凌駕できるわけではなく、これは山田の気づきにも重なるので後述したい。

男女平等で、上下関係もフラットを建前として、「有名大学を卒業しているとか、通用しないんですよね」というスウェーデン社会からやって来たジョンは、新宿からさらに経験値を飛躍的に高めていく。

文=藤吉雅春 写真=クリスティ・ヘム・クロック ヘアメイク=アン・リーディ

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