デジタルという一瞬の関わりを、eコマースのような購入手段だけではなく、コミュニケーションに利用していくのだ。そのために、アメリカのソーシャルリスニングツール「スプリンクラー」が日本に進出すると、長瀬はすぐに問い合わせた。すると先方から電話があり、営業担当者の声を聞くと、長瀬は「あれ、もしかして」と驚いた。知り合いだったのだ。というより、常日頃から足で稼いで仕事をしてきたせいか、あちこちに人脈ができ上がっていると言った方がいい。
彼は経営会議にスプリンクラー側から3人を参席させて、プレゼンを行わせた。画面上に「メイベリン」などブランド名を入れると、SNS上でのつぶやき、性別、年齢、写真が次々と現れる。経営陣が画面に釘付けになり、スプリンクラーの導入が決定した。
16年、eコマースの収入の伸びが前年比で45%も増えると、世界中のロレアルが日本に倣い、スプリンクラーを導入。消費者の声は、マーケティングだけでなく商品開発にも影響していった。
思えば、彼がやってきたこれまでの仕事も、自ら顧客に入っていくことだった。インスタグラムではカメラを学び、例えば写真マニアのコミュニティに入り、写真やその作品の面白さを知り、そして写真の楽しさは共有でき楽しめるものだと伝え広めてきた。あるいは広告代理店の幹部など、自分の父親ほどの年齢の人々を訪ね歩いてはスマホを取り出し、インスタグラムを体験させ知ってもらう。
「結局、人としかビジネスをしていませんからね」と言う長瀬は、「NQ(共存指数)」という言葉を使う。
「ネットワーク力とも言い換えられますが、SNSのネットワークではなく、アナログ的な人間関係の人脈力の方です。あえてここに力を入れているわけではありませんが、社会はアナログ的な人間関係を土台に成り立っています。例えば、八百屋のおじさんが知り合いであれば、小銭が足りないときはまけてくれるとかね。デジタルな時代だからこそ、足を使い、対話をするというのは重要だと思います」
意外なようだが、飲み会など日本的な付き合いにも積極的に参加してきたという。経営会議に外部の者を連れてくるのは前例がないことだったが、知らない世界の人間をすぐに呼べる人脈をもっている点こそ、経営陣にとっては大きな助けになる。長瀬はフェイスブック時代に社員に配布された冊子をいまも「バイブル」として机に置いている。「マーク・ザッカーバーグは僕よりずっと若いんですが、こんなことを言っているんですよ」と、彼がページをめくると、そこにはこう書いてあった。
「Build trust(信頼を構築しよう)」
フォーブス ジャパン12月号(10月25日発売)では、「CxOの研究」特集と題し、CDO、CTOなど…偉大なCEOを支える”偉大な参謀”の姿に迫る。真に革新を導く右腕の条件とは──。
長瀬次英◎中央大学卒業後、ユニリーバ・ジャパンやKDDIなど、さまざまな業態の企業で主にブランドの戦略構築や新商品開発を手がける。フェイスブックでブランドビジネス開発責任者を務めた後、インスタグラムの日本事業代表責任者に。2015年、日本ロレアルにデジタル戦略統括責任者/CDO兼エグゼクティブコミッティーメンバーとして入社。