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2017.10.21 11:00

歌姫「降板」から知るオペラ開幕までの舞台裏

(Photo by Oli Scarff/Getty Images)

日本のプロ野球がクライマックスシリーズで盛り上がる一方、欧米では9月より10月にかけてオペラシーズンが開幕を迎えています。

どの劇場でも、オープニングの演目は注目の的。例えば、メトロポリタン・オペラ(MET)の初日は、会場にレッドカーペットが敷かれ、どんなゲストが来場するかをテレビが貼り付いて中継。タイムズ・スクエアでも上演が放映されます。今年の演目はベッリーニ作曲「ノルマ」で、10月7日に幕を開けました。

秋にはじまるオペラのシーズンは、翌年の初夏まで続き、夏は3か月休むというスケジュールで繰り返します。では、有名歌劇場のオペラのキャストは大体いつごろ決まるものなのでしょうか。

話題の歌姫が役を辞退

通常、どのオペラ・ハウスも翌シーズン演目を前年の4月頃に発表します。つまり、2017年秋〜2018年春の演目は、2016年の春に発表。その時点で、指揮者、演出家、キャストは決まっています。演目によって必要な人材は異なりますので、実際には3〜4年前にメイン・キャストは決まっているものと言っていいでしょう。

今回METがオープニングの演目に選んだ「ノルマ」のノルマ役は、伝説のオペラ歌手、マリア・カラスが当たり役とした役のひとつで、とにかく歌唱が難しく、世界でもこの役を歌えるソプラノ歌手は数えるほどしかいない難役です。

2016年春、METオープニング演目が発表された際には、今もっとも旬の歌姫、アンナ・ネトレプコがノルマ役に挑戦する、ということで話題が持ちきりになりました。しかし、前述の通りノルマは誰もが歌える役ではありません。発表から半年後、彼女は、「私にはノルマは歌えない」と役を降りてしまいました。

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アンナ・ネトレプコ(Photo by Getty Images)

オペラ歌手は、自分の肉体のぎりぎりのところで歌を歌っており、自分で「歌えないものは歌えない」とわかるものです。必ず失敗するとわかって歌っては、その後の仕事にも影響します。ネトレプコは妥当な判断をしたと言えるでしょう。

世界の歌劇場でプリマドンナの譲り合い

しかし、大変なのは世界中の歌劇場です。有名な歌劇場で主演を飾れるプリマドンナは数えるほどしかいません。ネトレプコもMETだけで歌うわけではありません。彼女のノルマ役デビュー見越して、METの後には英国ロイヤル・オペラ・ハウスが彼女で「ノルマ」の上演を決めていました。しかし、当然これもキャンセルとなります。

オペラは数年にわたってセットを使い続けることが多いのですが、年にいくつかの演目は新しいセット、新しい演出に入れ替えます。これを新プロダクションといいます。METの「ノルマ」は新プロダクションで、美術セットや大道具、衣装もそのために新しく作りはじめています。演出家や指揮者、他の役は決まっており、いくらプリマドンナとはいえ、ネトレプコに合わせて演目を変更することはできません。

というわけで、4年前から決まっていたはずのプリマドンナのキャストを変更することになりました。しかし、数えるほどしかいないプリマドンナの予定は、とうの昔にいっぱいです。

そこで、まずウィーン国立歌劇場がオープニング用に確保していたプリマドンナ、サンドラ・ラドヴァノフスキーをMETに譲りました。サンドラはノルマが歌えるからです。そして、ネトレプコがサンドラの代わりを務めることになりました。ウィーンの演目は「トロヴァトーレ」で、この主役はネトレプコも歌えるからです。

続いて、METは「ラ・ボエーム」のミミ役で2016〜17シーズンに確保していたソーニャ・ヨンチェヴァを手放し、彼女はその空いた時間でノルマ役の勉強をして、2017〜18シーズンのロイヤル・オペラ・ハウスにノルマ役でデビューすることになりました。

空いてしまったMETのミミ役はアイリーン・ペレスに。きっとペレスも他の仕事が決まっていたはずなので、またそこでも玉突きのキャスト人事が行われたことでしょう。
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文=武井涼子

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