骨も、希望も、壊したくなかった
人間の脊椎の背中側には、恐竜の骨に見られるような、棘突起(きょくとっき)という突起がある。この突起の一つひとつに、チタン製のカバーをかぶせて連結すれば、背骨を一切傷つけなくても固定できるのではないか。しかも、連結にバネを用いれば、柔軟性を持たせることも可能かもしれない。これなら椎間板も残せるのではないか、と思いついたのだ。
棘突起の形状は、骨一つひとつ違う。ならば、オーダーメイドのインプラントを作ればいい。脊椎の立体図面を作ることはさほど難しいことではない。CTスキャンの画像から再現できるからだ。
問題はチタンカバーを製作することだった。菅原は初め、切削メーカーに依頼し、5軸マシニングセンターを使って削り出しで作った。品物は出来たが、コストが問題だった。1つのインプラントの製造に原価が100万円ほどかかるのだ。これでは実用化は難しかった。
2012年、スウェーデンのARCAM社が、チタンの立体物を製作できる金属積層3Dプリンターを開発し、販売していることを知った。調べると、神奈川県小田原市で自動車エンジンや航空機のパーツの試作を行っているコイワイという会社が国内で先駆けてこの装置を購入し、受託製造を行っているという。
連絡を取ると、小岩井豊己社長はすぐに菅原のもとにやってきた。小岩井は目の前に試作品を並べた。それは精緻で、美しかった。3DCADのデータをもらえれば、一晩で製造できるという。価格も安い。「これはいける」と菅原の心が躍った。脊椎インプラントの開発・輸入・販売を行うアムテックと連携し、AMED(日本医療研究開発機構)の委託事業にも採択され、開発は進んだ。
想像していた以上の嬉しい効果があった。骨と接するチタンカバーを骨がとりこみ一体化するのだ。チタンカバーに小さな穴を多数開けたところ、より強固に一体化することがわかった。
菅原はこの機構で日本、ドイツ、スイスで特許を取得。アメリカでも間もなく取得できる見込みだという。
製作日数は1日。CTスキャンデータを3DCADデータに置き換え、コイワイに送付すると、翌日に出荷されるという。つまり、早ければ病院でCTを撮影した3日後には、手術が可能となるのだ。
手術ははるかに簡単。切開範囲は狭く、手術時間は30分程度と従来の6分の1。合併症リスクは小さい。特別な医療機器は不要で、一般の病院で手術が可能。入院は一週間で済む。何よりも、背骨も椎間板も一切、傷つけない。
今、薬事法の申請準備をしているところだ。早ければ今年度中に認可がおり、来年4月以降、実用化の可能性が高いという。一人の専門医の発想と出会いから生まれた金属のカバーは、世界の脊椎疾患患者の希望の光となるかもしれない。
菅原 卓◎秋田大学医学部卒業。秋田県立脳血管研究センター脊髄脊椎外科診療部部長。医学博士。1989年より脳神経外科医。2001年より脊椎治療を始める。年間250件の脊椎手術を行う。日本脊髄外科学会理事・認定医・指導医。