一人の専門医が生み出した「骨を傷つけない脊椎固定術」

菅原卓 医師

絶え間なく襲ってくる疼痛やしびれが、クオリティ・オブ・ライフを著しく低下させる。国内400万人、世界2億人を苦しめる「脊椎変性疾患」の希望の光となるか。


人間には首から腰まで、24の背骨(脊椎)があり、その間には、可動とクッションの役割を担う23の円盤状の関節(椎間板/ついかんばん)がある。背骨は正面から見れば真っ直ぐ、横から見れば綺麗なS字を描き、体重を支えている。

二足歩行する人間には、この背骨の関節に関する疾患が宿命だ。日本には、加齢による筋力低下や筋肉系の病気、事故等が原因で、屈曲したり、背骨がズレるなどの「脊椎変性疾患」を持つ人が400万人いる。全国民の30人に1人。高齢者における患者の割合ははるかに高い。

初期のうちは薬や理学療法などによって回復を試みるが、酷くなると激痛や麻痺で、まともに歩けなくなり、車椅子、寝たきりになってしまう。

最後の治療法が、「脊椎固定術」だ。上下の背骨を正常な位置に戻し、治具で固定するその手術は、まるで大工工事だ。背中を大きく切開し背骨を露出。背骨に下穴を開け、長さ5センチ程度、直径5ミリ前後の大きな金属製スクリューを、1つの背骨に左右に1本ずつ、2本ねじ込む。上下2つの背骨の固定なら4本、3つの背骨の固定なら6本刺入し、スクリューをロッド(棒)に固定。さらに、背骨と背骨の間の「椎間板」を取り除き、金属スペーサーに入れ替える。こうして、背骨が全く動かないよう“工事”するのである。

日本では年間8万人の人が受けている手術だが、「これがベストな治療だとは、専門医はおそらく誰も思っていない」と秋田県立脳血管研究センターの菅原卓医師は言う。菅原は年間250件を行う脊椎手術のうち30〜40件は脊椎固定術を行っているが、「他に手がない時に仕方なく選択する治療ですね」と告白する。

「まず手術にリスクが伴う。スクリューが本来の設置部位から逸脱する危険性が10〜30パーセントもあり、時に神経・血管損傷を起こしてしまう。患部を大きく切開したまま手術時間が長くなるので、感染症のリスクも大きい。それでいて成果が良くないんです。骨というものは、表面は硬いが内部は柔らかい。骨粗鬆症の人などは特に、スクリューが中で動いてグラグラになり、表面の骨も壊れて抜けてしまうんです。抜ける人は1日で抜けます。そうなると再手術ですが、一度抜けた骨にはもうスクリューは刺さらない。手術が成功してうまく固定できても、次にはその上や下の関節が変形してしまうのです」

そうなればその上下の背骨にも固定術を施す。そうして10個以上の背骨が治具で固定されている人もいる。体は全く曲げられず、靴下も履けない。

入院は約1カ月。感染症や再手術になれば3カ月や半年といった長期入院になる。そうなれば筋肉は衰え、ますます自立困難に近づいてしまう。

約30年前から主流となった脊椎固定術のスクリュー治具は、米国のメドトロニック、ジョンソン&ジョンソン、ストライカーなど大手5社でシェア80パーセントを占める。治具だけで1セット70万円ほどもする高額治療だ。さらに手術には1〜2億円程度の専用の医療機器も必要となるため、国内で施術できる医療機関が限られるが、このリスクが高い治療に最後の望みを賭ける患者は多く、多くの病院で手術待ちだという。

患者の苦しみと失望に接し続け、この手術に代わる治療法を何年も思考した菅原が思いついた発想は、従来の脊椎固定術とは全く違うものだった。
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文=嶺 竜一 写真=小田 駿一

この記事は 「Forbes JAPAN No.39 2017年10月号(2017/08/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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