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2017.10.19 17:00

「患者満足度」最下位の日本で「臨終」に希望を見た男


「転職までの埋め草のつもりだった在宅医のアルバイトで、僕は同じように残された人生を楽しもうとする患者や家族と何度も出会いました。そのなかで、こう思うようになっていったんです。これまで携わっていた『治すための医療』と異なり、ここには医療を医師の想像力で個々にカスタマイズするクリエイティブな世界がある。医師の仕事を見限るのはまだ早い、と」

そうして2006年、佐々木は「患者の意思を最優先」「24時間対応」「総合診療」を掲げ、千代田区で悠翔会を設立したのである。

医師も患者も幸せにするネットワーク

彼は専門医を含めた医師の採用を続けつつも、夜間休日の診療は一人で引き受け、「最初の5年間は情熱と若さだけで日々を乗り切っていた」と振り返る。

「体はふらふらだったけれど、医療の新しい可能性に気づいて、毎日が充実していました。夜中の2時に呼ばれても、患者さんと家族に『先生、ありがとう』と声をかけてもらっただけで本当に満ち足りた気持ちでした」

患者数が増えるにつれて、深夜でも携帯の着信音で飛び起きて患者宅に向かう日々は限界を迎えたが、そのなかで当直医の仕組みや診療の手法、電子カルテのシステムなど、在宅医療のための様々な仕組みを一つずつ作り上げていった。


朝9:00前、訪問準備をする看護師、医師などのスタッフたち。新橋診療所は本部事務機能も兼ねる。

「ただ、この課題に対応するには、僕らの法人がこのまま診療所を増やすだけではなく、地域の中に在宅医療をしてくれる開業医の先生を増やしていく必要があります。開業医の手放した患者の主治医に途中からなるよりも、以前からの主治医が最期まで診療に携わる方が好ましいですから」

その上でネックになるのが、在宅医療に休日夜間・24時間の医師対応が求められることだ。開業医の平均年齢は60歳に近く、彼らがこれから夜間診療を行ってまで在宅医療に進出することは期待できない。そこで悠翔会では、地域の開業医とチームで対応することにした。悠翔会が休日・夜間の緊急対応を担うことで、地域の開業医の日中における在宅診療への参入を促すためだ。

「いま僕らは約3500人の患者に加え、休日夜間の『当直チーム』がさらに3000人の患者の副主治医として緊急対応を任されています。そのように都市部における診療所間の連携を深めることで、在宅患者の受け入れ余力を今のうちに大きくしておきたい。都市部の高齢化は世界的にも初めての体験です。それを乗り切るための在宅医療のリソースを増やす取り組みを、スピード感を持って進めていきます」

『ブラック・ジャック』に憧れて総合診療医を目指したかつての思いは、四半世紀の歳月を経たいま、日本の抱える大きな課題と結びついた。「僕は地域全体を大きな医局のようにしたいんです」と少しだけ語気を強めた彼の表情には、社会を変えようという揺るぎない決意が感じられた。


佐々木 淳◎1975年、京都府生まれ。98年筑波大学医学専門学群卒業、三井記念病院内科入局。2003年東京大学医学系研究科博士課程入学。2006年MRCビルクリニック開設。08年に同クリニックを悠翔会と改名。

文=稲泉 連 写真=小田駿一

この記事は 「Forbes JAPAN No.39 2017年10月号(2017/08/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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