119番から病院到着までは、この20年で15分遅くなった

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一方の病院側は、事前に担当医の診療科や専門領域、また現場繁忙状況などを端末に入力しておく。救急隊の端末にはその時点で、その患者に対応し得る医療機関の一覧が、“現場からの距離が近い順”に表示される。救急隊はその「優先順位」に従って電話をかけて受け入れを要請すればいい。画面に表示される医療機関は基本ステータスが「受け入れ可能」なので、効率的なマッチングが可能となる。

e-MATCHの利点はそれだけではない。患者の症状やバイタルなどの詳細な情報が救急隊員の入力と同時に病院側に共有できるので、受け入れる病院は患者が到着する前に必要な検査や機材の準備ができる。「搬送まで」と「到着後」の双方で時間短縮に役立つのだ。

2010年に官民共同でe-MATCHの開発を決め、12年に導入したのは、当時、搬送時間や照会回数が全国平均を大幅に下回っていた奈良県。県内全消防本部と全救急車両128台、救急患者受入病院57施設および救命救急センター3施設に端末を配備し、全県での運用を開始した。

e-MATCH導入から半年間で、奈良県では全出動件数に占める重症外傷で現場滞在時間が30分を超える事例の割合が25.3%から15.2%と、約10ポイントの改善が見られた。医療機関への照会回数が4回を超えていた件数も、15.4%から9.7%へと5.7ポイント改善した。

現在、奈良県に隣接する三重県津市、伊賀市、名張市、千葉県千葉市、福島県北部地域で導入されている。昨年11月に運用を開始した福島県で、e-MATCH導入の旗振り役となった福島県立医科大学災害医療部長の島田二郎医師はいう。

「福島県は心筋梗塞の死亡率が男女ともに全国1位で、この改善は喫緊の課題。これに“根拠をもって取り組める手段”としてe-MATCH導入を働きかけました」

不名誉な記録が後押しした形ではあるが、それによって地域住民の安心につながるのなら、その取り組みは評価される。今後の全国展開に期待がかかる。

救急隊員の中には、自分が電話した時に少しでも優先的に患者を受け入れてもらえるよう、休みの日に医師や病院関係者と酒を飲み、個人的なつながりを深めようとする人もいると聞く。

「そうした努力には頭が下がりますが、救急医療が個人的なつながりに依存するのは、本来あってはならないこと。医師と救急隊員が初対面であっても、経験が浅い救急隊員であっても、スムーズな患者の受け入れを実現させるには、医療機関と救急患者の双方での情報の可視化が不可欠なのです」

今後は12誘導心電図伝送システムとの連動や、音声認識による情報入力の搭載など機能の充実を進め、将来的にはこのシステムに蓄積されたデータを様々な疫学調査と結び付けた研究にも役立てたいと夏井は考えている。

「若い優秀な医師が、一人でも多く、夢をもって救急医療の現場を目指すようになるための環境づくりに役立てたい」

バーズ・ビューは地域の救急医療を俯瞰し、住民の命と情報をつないでいく。


夏井淳一◎山形大学大学院工学研究科修了。医療機器メーカーのエンジニアとして、急性期医療ICTシステムの開発に携わる。2010年よりe-MATCH開発メンバーに参加。12年、e-MATCHの継続的開発および普及を目的に共同創業。16年CEOに就任。

文=長田昭二

この記事は 「Forbes JAPAN No.39 2017年10月号(2017/08/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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