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2017.10.15

「450年先」を見据える英国ロイヤル・オペラの長期戦略

ロイヤル・オペラ・ハウス、座席数2256の馬蹄型劇場


ROHは日本のコンサートホールのようにチケット販売を部分的に外部へ委託したりしないので、すべてのチケットがROHのボックスオフィスを通して購入される。そのため、観客一人ひとりについて、来場の頻度や好みの演目など、詳細まで把握できる。どういった演目のどの席に需要があるかに注目すれば、価格設定の精度が高められるわけだ。

また、劇場に足を運びやすくするという意味で大きいのがeチケット制度である。ROHでは、もちろん紙での発券も可能だが、携帯端末でeチケットを提示するだけで入場できる。英国の文化施設でこれに踏み切ったのはROHが初めてだったという。eチケット制度がなかったり、あっても印刷してくる必要があったりする施設も多いが、これは必然的な施策だったとビアードCEOは話す。

「たとえば、航空会社はずいぶん前からeチケット制度を導入しています。私たちはより良い顧客体験を提供したいだけ。ほかの業界がどうやって顧客を取り込んでいるか、常にウォッチしています」

700万回再生されたオペラ曲

いまやROHの来場者は48%がロンドン外の居住者であり、マーケティングツールとして有効なのはやはりソーシャルメディアだ。担当者のメル・スペンサーによると、ツイッターやフェイスブックなどを通じて、週に100万人以上がROHのオンラインコンテンツを目にしている。

コンテンツを作る際に注意するのは、「オペラやバレエについて相手に知識があることを前提にしないこと、“上から目線”にならないこと」だと同氏は言う。また、ツイッターでは、公演ごとにハッシュタグを作って投稿を呼びかけている。たとえば、『オテロ』なら#ROHOtelloとつけて感想を投稿してもらう。もちろん、好意的なコメントばかりではない。

「否定的な投稿を阻止することはできない。思い入れがあるからこそ意見をシェアしたいわけで、それはすばらしいことです」とビアードCEOは語る。

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2013年に就任したアレックス・ビアードCEO。テート・モダンなどの美術館を管理する「テート」の副ディレクターなどを歴任。

最も成功しているのがYouTubeチャンネルで、登録者数は26万人を超え、5万人弱にとどまるメトロポリタン・オペラを含め、他の歌劇場に圧倒的な差をつけている。たとえば、『カルメン』の有名な曲「ハバネラ」の動画は、700万回近く再生されている。また、人気の歌手やダンサー、指揮者などが登場する「インサイト」と呼ばれるトークイベントやバレエの公開リハーサルは、1時間半近くの内容が丸ごとアップロードされていて、見ごたえ十分だ。

また、ロンドン外の潜在顧客と同様に重視しているのが、若い世代である。現在、「ROHステューデント」として1万9000人以上の学生が登録しており、1〜25ポンドという安さでチケットが買える。
 
年に一度は学生だけを対象にした公演も行っており、昨シーズンは、バレエ『フランケンシュタイン』を上演。その際、イマーシブ・シアター(体験型演劇)で世界を席巻している劇団「パンチドランク」と手を組み、フランケンシュタインの格好をした役者が客席をさまようなど、観客が舞台に“巻き込まれる”ような工夫を凝らした。
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文 = フォーブスジャパン編集部 写真 = リチャード・ボル

この記事は 「Forbes JAPAN No.39 2017年10月号(2017/08/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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