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さらに、年に3回は国内15カ所で無料の野外パブリックビューイングを行う。同時に、YouTubeでライブ配信する場合もある。となると、まさに世界の津々浦々で、当代きっての歌手やダンサーが大舞台に臨むその瞬間を目撃できるというわけだ。

最も大規模なパブリックビューイングの会場が、ロンドンの観光名所トラファルガー広場だ。巨大なスクリーンを前に、開演の数時間前から上映を心待ちにする人々のピクニックが始まる。オペラハウスの客席は白人が大半を占めるが、広場に集まった観客は、人種の多様なロンドンそのもの。劇場では見かけることのないベビーカーの子供もいる。

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トラファルガー広場、オペラの野外上映を観に人々が集う

初めてオペラの野外上映に来たマーリーン・サントゥス(28)は、「たまたまネットでオペラの動画を見たら、歌がキャッチーで衣裳がきれいだったから来てみようかと思って」と話す。「オペラは金持ちが観るもの」と思っていたが、印象が変わったという。友人を誘って来たエライザ・プリティマン(24)は、「急な残業もあるし、前もって高いチケットを買わなくても、ふらっと来られるのがいい」と語る。

観る方にとっては気軽かもしれないが、桁違いの数の観客を前にする歌手やダンサーにのしかかるプレッシャーは尋常ではない。

「彼らは失敗を恐れて安全運転するかと思いきや、意外とそうでもない」とジョーンズは話す。「なぜかダンサーはいつもより高くジャンプするし、歌手は普段以上に歌にエネルギーをこめるんです」

プレッシャーがかかるのは、ジョーンズをはじめとする裏方スタッフも同じだ。何しろ生中継なので、失敗は許されない。バレエなら、リフトされたダンサーのつま先が画面から切れないように、身長や脚の長さから見当をつけておく。モーツァルトの喜劇オペラなら、笑いを誘う歌手とリアクションをする歌手の両方の表情をとらえて初めて笑いが成立するので、カメラの切り替えを綿密に計算する。

これだけ大がかりで莫大な費用のかかるものを野外上映やYouTubeで惜しげもなく無料公開するのはなぜか。ビアードCEOはこう話す。

「劇場の座席数は限られています。オペラには450年の歴史があり、この先450年も続くはず。だとすれば、新たな観客を惹きつけてオペラハウスとの長期的な関係を持ってもらうことは非常に重要です」

ROHは特に、映画市場が急成長中の中国に注目している。昨年、中国での映画館上映は3作品にとどまったが、今年は6作品に拡大する。直接劇場に来る人を増やすことだけが観客を増やす手段ではない。劇場外でそれに近い体験ができるとなれば、地球全体が客席になるわけだ。

他業界の顧客戦略をウォッチ

一方で、劇場に足を運ぶ人の多様化も目標の一つだ。そのために重要なのが、価格設定だという。ROHのチケットは、44%が50ポンド以下、35%が40ポンド以下、29%が30ポンド以下で販売されている。これならロンドンのウェストエンドでミュージカルを観るよりよっぽど安い。

たとえば、カウフマン主演の『オテロ』は、最も高いチケットが270ポンドだったが、一方で15ポンドの席も用意されていた。また、普段ROHには来ない層を呼び込むため、最高ランクの席を50ポンドに設定したバレエ公演もある。

各公演のチケット価格をどう設定するかは、顧客データによって決めているという。アンケートも集めているが、それよりも重要なのは購入履歴だ。

文 = フォーブスジャパン編集部 写真 = リチャード・ボル

レビデルマツダ

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