医療テクノロジーが問う「死」と「人間性」の未来

映画『エクス・マキナ』より(c)2014 Universal City Studios Productions LLLP. All Rights Reserved


だが、こうした議論が医者の間で十分になされているとはいい難く、主に生命倫理学者や哲学者の間で行われているのが現状だ。医学部ごとにバラつきはあるものの、一般的に、医者が倫理的問題に明るいとは思えない。医者がもっと知識を持っていれば、たとえ気まずい会話になったとしても、こうした問題を患者と話し合うようになるのではないか。

そもそも、米国人は「死」について話したがらない。宗教の影響もあるかもしれないが、常に自分の人生を向上させ、よりよい生活を目指すという「資本主義」的考えが大きく影響している。

また、米国の医者は、終末期を迎えた患者にも、「限られた命」だと告げない傾向がある。死の宣告は、治療の放棄を意味し、医者としての敗北だと感じるのだろう。だから、「もっとできることはないか」という姿勢で臨む。「希望」は多少の延命につながることがわかっているため、どんな場合でも患者に希望を与える責任があると感じているのだろう。

だが、人工心臓などを移植した患者も含め、誰もが、いずれは死が訪れるという事実を受け入れられるようになる必要がある。できるかぎり苦痛の少ない最期を迎えるには、また、迎えさせるにはどうすればいいのか。米国の文化は、こうした議論にもっとオープンになるべきだ。

人間は、脳に電極を入れるのか

次に、脳の能力を高めるための「脳エンハンスメント(増強)」について話そう。一部の科学者は、脳に電極を埋め込み、電気パルスを流す脳神経インプラントや脳深部刺激療法(DBS)をアルツハイマー病患者に試している。

DBSとは、脳の標的部位に微細の電極やワイヤを埋め込み、緩やかな電気パルスを流すやり方だ。オハイオ州立大学の神経科医で准教授のダグラス・シャレーによる、脳への電気刺激治療法の研究は、実に革新的だ。というのも、電極を埋め込む場所が、通常、アルツハイマー病の治療でフォーカスする、「海馬」と呼ばれる部位ではないからだ。

海馬は、外部からの情報を長期記憶として構築する場所だ。アルツハイマー病になると、極めて早い時点から海馬内の細胞が死に始め、記憶がつくられなくなる。古い記憶より新しい記憶のほうが先にやられる。

そこで、シャレー医師が率いる研究メンバーは、注意や集中、決定、判断など、脳の「実行機能」をコントロールする部位、つまり前頭葉に電極を埋め込み、刺激することを思いついた。この方法のポイントは、患者の寿命を延ばし、死ぬまで脳の機能を向上させることだ。研究チームでは「治癒」とは言わないが、一定期間だけでも、患者の脳の機能が高まる可能性があることが証明されている。

脳エンハンスメントは、精神疾患の治療法としても研究が進んでいる。ジョージア州エモリー大学のヘレン・メイバーグ医師は、大脳皮質内の「エリア25(25野)という特定部位に電極を植え込み、非常に緩やかな電流を流し、同部位の活動を抑える臨床実験を行ってきた。彼女は20年間の研究を通し、通常の治療では効果がない重症のうつ病では、「25野」で過剰な活動がみられるという仮説に至ったからだ。同臨床実験により、長年、うつ病に苦しんできた患者の症状が緩和されることが明らかになっており、今後も希望がもてそうな研究だ。

脳エンハンスメントは、統合失調症や双極性障害(躁うつ病)に効果があるともいわれる。「脳に電極を入れるなんて」という声が聞こえてきそうだが、強烈な副作用を伴う精神疾患の治療用薬剤に比べたら、脳神経インプラントのほうが、少ない副作用で済む。いずれ、副作用もなく、心理療法よりも効く脳エンハンスメントによって、精神疾患の原因となっている脳内の活動を正常に戻す時代が到来するかもしれない。

とはいえ、懸念もある。まず、安全性だ。脳の機能は、神経回路網の活動にかかっている。そのため、電気刺激で回路網の一部に変化が生じると、その部位の機能に予期せぬ影響が出かねない。

また、インプラントなどを脳に施す目的が、治療なのか、記憶力や知的・学習能力の向上といった脳機能の増強なのか、その線引きは難しい。どこまでの処置が「正常」で、どこまでやれば「正常を上回る」のか、その間に明確な境界線はない。こうした最先端医療を批判する声があるのは、そのためだ。
次ページ > 求められる、人間性の再定義

構成=肥田美佐子

この記事は 「Forbes JAPAN No.39 2017年10月号(2017/08/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

タグ:

ForbesBrandVoice

人気記事