──自国第一という意識が強いインドに日本式を持ち込むのは難しいのでは?
バルガバ : マネジャーにせよブルーカラーのワーカーにせよ、まずはインド側の人たちに日本のスタイルを見て、触れて、経験させる必要がある。スズキはあらゆる職階のインド人を次々と日本に迎え入れて、現地研修に注力してくれた。
マネジメントとは突き詰めて言えば、人を生産的にすること。それなしでどうやって人を変えることができる?
──経済には植民地時代と独立後の社会主義体制という2つの負の遺産があります。「働く人たちは手より口の方が達者」とも評されています。働かない人を働くように変えた原動力は何ですか?
バルガバ : 91年の経済自由化の後も、多くのインド人が学ぶのは欧米式のマネジメントで、日本式ではない。日本側は、こうしたインドとの違いやインドの価値観を理解しなければならない。たとえば、日本人には会社の前進が最優先だが、インド人には自分のキャリアの前進の方が優先。こうした差を把握したうえで、マルチでは会社の前進が個人の前進に直結すると、ホワイトカラーにもブルーカラーにも理解してもらえるよう取り組んだ。
──技術を提供する鈴木(修)と人をつくるバルガバという2人が揃っての躍進だったわけですが、日本的な企業観・労働観を浸透させるために何をしたのか?
バルガバ : 教育とコミュニケーション。これだけが道だ。我々は人々との対話に多くの時間を割いた。時間はかかるが、人は自分にとって何が本当にプラスになるかを理解すれば、その後の対応は早い。
──インドでの日本・日系企業の数は昨年、1300社に達したが、中国における2万社とはまだ差が大きい。日本では勝ち組なのにインドではなかなか勝てないという大手企業も珍しくない。
バルガバ : ビジネスのやり方について再考が必要だ。我々にしても日本式をそのままインドに移植したわけではなく、インドでベストなプラクティスを求めて試行錯誤を続けてきた。
──日本にとってのインドでのビジネスチャンスは今、どういう状況にある?
バルガバ : 中国との進出企業数の差はインドにそれだけたくさん日本企業のチャンスが残っているということだ。インドでは91年の経済開放以来、構造改革が進んでいて、最近もマクロ経済指標は好調だ。3年前に発足したナレンドラ・モディ政権は、長期計画のもとで経済の再構築に取り組む初の政権。ITなどのサービス業に加えて製造業の振興に注力している。腐敗の追及や格差の縮小にも真剣だから国民の支持が集まり、政治が安定しているのもいい。
──経済成長率を見てもインドは中国を超え、世界経済の牽引役となりつつあり、日本にとっても存在感がさらに増している。
バルガバ : 今回の訪日でもあらためて痛感したよ。インド・ビジネスの好機が来ていると気づいている日本人は多い。
ラビンドラ・チャンドラ・バルガバ◎マルチ・スズキ・インディア(MSI)会長。1934年生まれ。数学修士号を取得した後、インド行政職(IAS)に任官。81年にマルチ・ウドヨグ(MSIの前身)入社して85年に社長。97年に勇退したが2003年に復帰し、07年より現職。著書に『スズキのインド戦略』(中経出版)。