米国の「ヘルステック」を開花させた3つのカギ

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医師・池野文昭は日米の医療当局からアドバイスを求められる。自らベンチャーキャピタルを設立し、医療機器イノベーションに尽力する彼が語る「ニーズ」とは。


予防と治療のどちらにカネを使うか? これが、日米の病気に対する考え方の違いです。

例えば、日本で虫歯になると、歯医者に行けば保険診療で治療してもらえます。私は虫歯が5本あり、アメリカで治療したとき、「あなたの保険では今年の治療は2本まで。3本目は年明けの1月に」と言われました。もちろん「痛いからいっぺんに5本治療して」と言いたいのですが、保険会社が支払いを拒否するので、一度に5本治療するなら、保険の対象外となり、私は100万円以上を歯科医に払わなければなりません。車が買える額です。結局、私は3年に分けて治療しました。

つまり、病気をしたら損をする。だから子供のうちから歯科矯正をしたり、予防プログラムにカネを使ったりする社会なのです。

企業が「健康経営」に必死なのも同じ理由です。社員が全員健康なら、会社が払う保険料は安くすむ。このように、すべては「カネ」で動く仕組みで、保険会社が医者を管理する「マネージドケア制度」と言います。保険会社が求めるのは、誰もが病院にかからなくてすむこと。だから、予防を目的としたビジネスが次々と起こるのです。

一方、日本は国民皆保険なので誰もが病院にかかりやすく、保険会社ではなく医師が患者を管理します。例えば、高血圧で病院にかかるのは、アメリカであれば年に1回程度。あとは血圧計のアプリで管理しなさい、となる。日本だと医師が患者の状態を心配するので、毎月のように通院することになります。

私は日本で僻地医療に携わっていた経験から、こうした日本の仕組みのなかで時々無駄を感じました。おばあちゃんが「肩が痛いから湿布をください」と言うけれど、往診に行くと、押入れから未使用の湿布がどっさりと落ちてくる。今、問題になっている使わない薬もそうです。誰でも医師にアクセスできて保険があるから、治療にカネがかかるという意識が薄らいでしまう。医療費が膨張して、破綻寸前まできてしまった所以です。

では、国民皆保険は廃止した方がいいかというと、それは無理でしょう。どうしたらいいかと私なりに考えると、国民皆保険という前提を残したまま、医療の無駄をなくす効率化しかないと思っています。この効率化が思わぬ形で医療ビジネスを勃興させたのが、アメリカです。これにはいくつかの偶然が重なっているのです。

オバマ×リーマン・ショック×iPhone

2009年に大統領に就任したオバマの功績に、IT政策があります。「電子政府政策」では政府のオープンデータを活用して、新たなビジネスの創出と官民連携を推進しました。また、医療の効率化を目指して、ITテクノロジーによる「電子医療カルテ」の導入など、質の向上と医療費抑制を目指すと宣言しました。

ポイントは、前年にリーマン・ショックが起きていたことです。不況によって、ベンチャー企業が次々と倒れました。創薬や医療機器などものづくり系のベンチャーも倒産します。投資先をなくしたのが、ベンチャーキャピタルでした。
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文=Forbes JAPAN編集部

この記事は 「Forbes JAPAN No.39 2017年10月号(2017/08/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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