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フランチャコルタ一帯には、のどかなぶどう畑が広がっている

わずか50年で世界中にブランド名が浸透した、日本人のファンも多いフランチャコルタ。なぜ短期間で有名になったのか。その理由を探ると、日本の地方創生に生かすべき3つのヒントが見えてきた。

地方創生のケーススタディとしてしばしば取り上げられるイタリア各地の地方都市。パルマの生ハム、南イタリアのリコッタチーズなど地方から世界各国で愛好される名産品をいくつも送り出している。イタリア北部・ロンバルディア州に属するフランチャコルタ地方でつくられるワインもそのうちのひとつ。1961年に初めてフランチャコルタの名を冠するワインが製造されて60年弱。長い歴史をもつイタリアワインの中で、フランチャコルタはどのようにブランドを確立させたのか。その理由は主に3つある。

1つめは、各ワイナリーが自分たちの優位性を理解していた点。その優位性とは、都市部からの距離・土壌・気候に大別できる。

フランチャコルタが広く知られるようになったのは、大都市・ミラノまで約70km、車で約1時間という立地要因が大きい。また、ワインづくりにとって最も重要なのはその土地の土壌。ワインは製造過程で差別化を図ることは難しく、ほかとの違いを出すのは原材料となるぶどうしかない。フランチャコルタに点在する老舗ワイナリーの多くは、氷堆石土壌という土壌の上に存在する。この地方はかつて氷河が周囲の山々を削りながら形成された土地で、さまざまな石や土が混在しているため適度なミネラルが含まれ、水はけが良い。いわゆる「痩せた土地」ではあるのだが、ぶどうが養分を蓄えることを促す点でぶどうづくりにはこの上ないよい土壌だ。さらに元々日差しが強い場所ながらも、湖や渓谷があるおかげで涼しい風が吹き湿気も少なく、丸みと繊細さを残したぶどうが出来上がる。これらの特徴を当時の人々は理解し、偶然の産物であるハード面を上手に活用しながら高品質なワインづくりを行っていた。

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樽内ではスパークリング以外のワインを保存する。

2つめに、小規模のワイナリーたちが連携しシャンパーニュなど既存の大きなブランドに対抗した点が挙げられる。現在機能している小規模ワイナリーの連携体は、フランチャコルタ協会。ワインの品質維持・管理や輸出拡大を目的とし、全116のワイナリーが属する組織である。この協会の大きな特徴は、ひとつのワイナリーや人に権力が集中していないという点。つまり、誰かの独断や主張などで物事が決まることがほとんどありえないのだ。家族経営が基盤となっているフランチャコルタには突出して大規模なワイナリーがなく、現在最も規模が大きいベラヴィスタでさえフランチャコルタ全体の生産本数の1割程度の生産量にとどまる。小規模ワイナリーたちが生き残っていくためには自主的に連携をとる必要があった。そして彼らは、シャンパーニュ地方など長い歴史のあるほかの地域と対抗する突破口を「協会の設立」と「高品質」に見出した。その結果が、イタリアワイン法上の「統制保証原産地呼称(DOCG)」認定につながる。

協会設立からわずか5年、瓶内二次発酵方式と呼ばれる伝統的製法でつくられるワインとして初の快挙だった。DOCGに認定されるためには、ぶどう栽培に関する届け出や醸造・熟成の方法、ワイン自体の品質が高いことなど、いくつもの厳格な基準をクリアする必要がある。すなわちそれは高品質を示すお墨付き。生産者が極めて厳しい基準を自らに課して品質向上に努めるという、現在に受け継がれる文化が各ワイナリーの自主性によって醸成されていた。今年協会が発表した今後10年の未来予測によると、高い品質を維持するためにぶどうの栽培エリアや生産ガイドラインなどがより厳格に規定されていくそうだ。

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フランチャコルタのワインはとても繊細で、天ぷらなどの和食によく合う。

しかし、高品質なワインというだけでは、世界中に輸出されるほどの知名度を獲得するとは考えにくい。3つめの理由は、その広め方にある。先述の通りフランチャコルタはミラノ近郊に位置するため、かつてよりミラノとのかかわりが深い土地だった。協会の現会長であるヴィットリオ・モレッティは60年代に起きたミラノの高度経済成長の波を受けて財を成し、79年にベラヴィスタを創業した。そしてミラノの社交界において、クオリティコンシャスなファッション業界の人物やセレブリティーたちとフランチャコルタの泡を楽しんだ。現在でも、2004年からイタリアオペラの最高峰であるスカラ座の公式サプライヤーに選ばれたり、ミラノファッションウィークにおけるオフィシャルスパークリングワインとして指名されたりなど、ミラノの文化と発信力をベースにしながらフランチャコルタのブランドを世界に広げている。今時の言葉を使うなら、当時のインフルエンサーたちを上手く活用し、本来の特徴である高品質を発信し続けているのである。

これら3つの理由はすべて、そもそも国を頼らず地方独自の産業を自分たちの力でビジネスとして成立させてきたイタリア特有のお国柄と関係していると考えられる。一方日本では、「国頼み」の地方創生モデルが目立つ。自主的な連携と、自らの強みを最大限に生かしつつブランドを世界中に広めてきたフランチャコルタモデルに、日本の地方創生が学ぶべきことは多い。

文=青山鼓 写真=Mitsuya T-Max Sada (MILANO)  編集=Forbes JAPAN

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