活版印刷からディープラーニングまで 「知的生産革命」の歴史

(Photo By Brian Brainerd/The Denver Post via Getty Images)

人類の知的生産は着実に進歩してきた。しかし、例えば「検索技術の向上」によって、知の探索はあきらかに容易になったが、それによって人類の知的生産は劇的に進化しただろうか。

これから知的生産がどのように進化していくかを考えるためにも、活版印刷からディープライーニングまで、主要トピックを振り返る──。

知の一般化(1445年ごろ)──活版印刷

金細工士であったヨハネス・グーテンベルクが、聖書を広めたいという動機から、自らの技術と木版印刷など、過去の発明を応用し金属活字を使った印刷所を設立した。1500年には、236の街に印刷所が作られ、知識の伝達速度が劇的に向上。ヨーロッパにおける文芸復興と宗教革命に大きく貢献した。



知の標準化(1600年代初頭)──演繹法と帰納法

フランシス・ベーコンは、多くの事実の間の共通した本質を求める帰納法を科学的態度であると提唱。一方、ルネ・デカルトは真理とは数学のように証明できるものではないと考え、合理論の実践方法として演繹法を唱えた。その後、知の発明法が演繹法と帰納法という二大技法として標準化された。

知の数式化(1665年ごろ)──万有引力の法則

木からリンゴが落ちるのを見て、重力に関する発想を得たニュートンは、万有引力の法則を発明。目的論に力点が置かれていた自然哲学に対し、あくまで観察できる物事の因果関係を示すという解釈を展開。古典力学を切り開いた。知識は数学で表現でき、かつそれに従えば過去も未来も記述できる可能性が示された。

知の拡張1(1946年ごろ)──コンピュータ「ENIAC」

アメリカ陸軍の弾道研究室での砲撃射表の計算向けに設計された世界初のコンピュータ。気象予測のための計算機の設計をしていたモークリーとエッカートが開発。当時の計算機に比べ1000倍の計算速度であった。ここから各国で計算機の研究が開始。単純作業は機械に、知識労働は人間にと、知的生産の革命が始まる。



知を拡張2(1977年)──パーソナルコンピュータ「Apple II」

スティーブ・ウォズニアックがソフト・ハードともにほぼ独力で開発。世界で初めて、個人向けに大量生産・販売されたパーソナルコンピューター。開発時、Apple2の内部回路の設計図をオープンにし、これにより多数の開発者がハードやソフトを自由に開発して競合を始め、PCの普及に貢献。知的生産の民主化が起きた。



知のマップ化(1990年)──WWW

ティム・バーナーズ=リーは、研究員のデータを相互につなげるために、Webサーバーであるhttpと、世界初のウェブブラウザでHTMLエディターでもあるWorldWideWebを構築。特許を取得せず公開をしたことで、続々と新しいWebブラウザが誕生。要素として存在していた知識が、史上初めてネットワークとしてマップ化された。

知の検索(1998年)──ページランク

グーグルの創設者、ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンによって1998年に発明される。「リンクがより多く集まっているWEBページはより重要である」という考え方に基いて、ページの重要度を示す一つの指標となった。wwwによってつくられた広大な知の大陸を探索するための「羅針盤」。それゆえ、あてどなくさまようことがなくなった。



知の深化(2006年)──ディープラーニング

ジェフリー・ヒントン率いる研究グループの発表が、技術的なブレイクスルーとなる。データ量があれば機械が自動的に特徴を抽出してくれるDNNを用いた機械学習であり、画像認識や音声認識等の技術は、製造など幅広い分野に応用。高度な知的生産と思われていた領域も、単純労働にできることが示された。

編集=フォーブス ジャパン編集部

この記事は 「Forbes JAPAN No.38 2017年9月号(2017/07/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

タグ:

ForbesBrandVoice

人気記事