その結果はどうだったか。3日間で間違いを体験したお客様の数は25%に減りました。やりました! 僕たちとしては大きな前進だったんですけど、いやあ、それでも間違いは起きるんですよね。注文を何度も取りに行っちゃったり、飲み物を出すのを忘れたり、お客様を席まで案内していたはずなのに、自分が先に席にどかっと座ってしまって、「あなたどこから来たの?」なんて世間話に花を咲かせてしまったり。
もうこちらとしては「あっぱれ!」と笑うしかないんですけど、そんな様子を見ていて一つ面白いなぁと思ったのは、お客様が「間違いをあまり期待していない」という事実でした。実際、来店後のアンケートを見ていても、「間違いはあってもなくてもどちらでもいい」と言う声がいくつも見られました。それよりも、認知症を抱えるホールスタッフとの会話や交流を楽しめてよかったという人がとても多かったのです。
これは新鮮な驚きでした。「注文をまちがえる料理店」という看板を掲げてやっていますから、やはりお客様もどこか間違いを期待してきているんじゃないのかな……という思いは常にありました。でもお客様は、認知症のホールスタッフとコミュニケーションを取りたいと思って来ているし、そのことを楽しんでくれているんですよね。だから、積極的にホールスタッフに話しかけている様子があちらこちらで見られるんです。
例えば「今日のおすすめはなんですか?」と聞いていたお客様がいました。するとホールスタッフは「こちらのタンドリーチキンバーガーがおすすめですね。今日は雨ですね。外の雨を見ながら食べるのもオツかもしれませんね」と返す。お客様はふふふと笑って、タンドリーチキンバーガーを注文する。
あるいは、こんなことも。今回メニューに一風堂さんが開発してくれた「フォークで食べる汁なし担々麺」というのがありました。これは麺を食べ終わったお皿に、ジャスミンライスを入れて混ぜて食べると美味しいのですが、なかなかその説明を伝えることができません(仕方がなくサポートスタッフがこそっとお伝えしていました)。うーん、趣向を凝らした演出が仇となったか…と思っていたら、3日目にホールスタッフがさらっと言ったんです。「最後にこのご飯を入れると美味しいんだって」。それを聞いたお客様は大喜び。嬉しそうにぱくぱく食べていました。
他にも、虎屋さんが開発してくれたデザート「てへぺろ焼き」を出すときに「ぺろぺろ焼きだっけ?」と天然を炸裂させて笑いを取っていたり、グリル満天星さんの「小海老とホタテのふわとろオムライス」を運ぶときに「これ食べたら、ほっぺた落ちちゃうからね、私みたいに」と小粋なトークをはさんだり。3日間、ずーっとレストランの中には、ホールスタッフとお客様の会話と笑い声が響き渡っていました。
グリル満天星さん開発の「小海老とホタテのふわとろオムライス」
そんな料理店の様子を見て、実行委員会のスタッフが「自然だなぁ」とつぶやいていました。僕もまったくその通りだと感じました。「注文をまちがえる料理店」では、まちがえることを受け入れ、まちがえを一緒に楽しんじゃおうという価値観を発信する中で、一つ「寛容」というのをキーワードに掲げてきました。でも、寛容って言葉は「許し、受け入れる」という意味なので、実はちょっと上から目線の言葉なんですよね。だから、僕自身はその言葉を使いながらも、少し違和感も抱いていました。
だからこそ、スタッフの発した「自然だなぁ」という言葉がとてもしっくりきたのです。認知症を抱えるホールスタッフたちは、3日間を通して、誰に言われるでもなく、コップに水がなくなればすっと注ぎにいき、床にごみが落ちていればさっとほうきではいていました。そこには料理店としての当たり前の風景が広がっていて、お客様との当たり前の会話がありました。
「注文をまちがえる料理店」は、間違いがあってもなくても、認知症があってもなくても、みんながそこにいることを一緒になって楽しめる空間になりつつあるのかなぁと感じました。