今回は、細かな制度設計の議論に入る前に、理想的な幼児教育とは何なのか? 幼児期に培われるべき人間の才能とは何なのか? というそもそも論について、感覚や経験論ではなく、リサーチとエビデンスに基づいて考えてみたい。
英語と読み書き算盤は5歳までに?!
職業柄、「英語はいつまでに習得すべきでしょうか? 2歳児の母親です」といったお問い合わせを頂くことが頻繁にある。私は言語学の専門家ではないが、自然なリアクションとして「まだ日本語もまともに話せないのに…」と思うことが多かった。
しかし驚いたことに、ここアメリカ(筆者は現在、半年間のサバティカルをとり渡米中)でも、小学校入学前、特に5歳児になる前に読み書きや計算を教え始める動きが、主に保護者からの要望に応える形で広まりつつあるようだ。
イェール大学では、大学のキャンパスに隣接して3つの幼児教育施設があり、それぞれに数十人の学生が研究生として定期的に観察に入りながら、医学部とも連携しつつ定量的及び定性的に子どもたちの発達が研究されている。以下写真は、その施設の一つであるCalvin Hill Day Care Center and Kitty Lustman-Findling Kindergartenで、長年学園長として教育に携わりながら幼児教育研究を進めてきたCarla Horwitz博士。この記事では、彼女との対談を通じて幼児教育の目的を改めて考えてみたい。
Carla Horwitz博士(同園ホームページより)
遊びこそが最大の学び
「5歳までに読み書きができた方が良いという世論は迷信に近い」と博士は言う。ニュージーランドのSebastian Paul Suggate博士の研究によれば、1970年代から2013年までの世界各国での学術論文を調べたところ、5歳までに読み書きができた子どもとそれ以降に読み書きができるようになった子どもとで、その後の言語能力に統計的に優位な差があることを立証できた研究はなかった。
逆に、「自由に遊ぶことが子どもの成長に与える影響を証明する研究は数多く存在する」という。
最も有名なのは、1960年代に68人の3〜4歳児を対象に開始され、彼らが23歳になるまで20年間続いたHigh/Scope Preschool Curriculum Comparison Study(PCCS)だろう。
これは元々、米国の比較的恵まれない子どもたちに対する幼児教育の影響を調べるために始まった研究で、68人をランダムに、[A]一方向的に知識を教え込まれる教室、[B]遊びを自ら創り出すことを推奨する従来通りの教室、[C]High/Scopeが開発した自発性を重んじる教育を実践する教室、に割り振り、幼児教育修了後も子ども達を20年に渡り追跡調査したものである。
途中で両親の所得が著しく上がった場合は調査対象から外すなど、外的要因をできる限り排除しながらなされた研究として有名である。