テニス界の女王、シャラポワが語る幼少期と読者へのアドバイス

元世界ランキング1位のテニス選手 マリア・シャラポワ(Rob Kim / gettyimages)

私は先日、元世界ランキング1位のテニス選手で自伝『Unstoppable: My Life So Far』を執筆したマリア・シャラポワを取材し、移民としてテニス界で活躍するまでに直面した壁や、幼少期に最も影響を受けた人物、朝の習慣、キャリア上のアドバイスを聞いた。

ロシアのニャガン出身のシャラポワは、6歳のときに渡米。17歳にしてウィンブルドン選手権でセリーナ・ウィリアムズを破り、18歳で初めて世界ランキング1位に輝いた。以降何度も世界一の座を手にし、グランドスラム(四大大会)では5回優勝を果たした。2012年の夏季五輪ロンドン大会では、女子シングルスの部で銀メダルを獲得している。

2014年には米NBCテレビのソチ冬季五輪特派員となり、スポーツ界での存在感を強めた。全豪オープンではロシア人として初の優勝を果たした。また、グランドスラムを複数制したロシア人選手はシャラポワだけだ。

筆者:テニス界での活躍を目指す中で、幼い移民としてどのような壁を経験しましたか?

シャラポワ:6歳のときに父と渡米し、どの言語でも意思疎通ができなかったのがつらかったです。米国に来る前に学んだ英単語は全て子ども向けの本で読んだもので、「猫」や「風船」のような単語はあまり役に立ちませんでした。

私は他の子たちと比べて見た目が変だったので、最初からよそ者のように感じました。とてもきゃしゃで小さく、着ている服はだぶだぶだし、大人用のラケットは大き過ぎるためグリップを切り落として使っていました。シューズもテニス用ではありませんでした。

そのため、すぐに周りに溶け込めるよう努力を始めました。私の頭の中では、テニス上達がその手段でした。

筆者:子どもの頃に大きな影響を受けた人物は誰ですか? また、そうした人物から学び、将来役に立ったことにはどのようなものがありますか?

シャラポワ:私はあまりテレビを見ずに育ち、テニスもあまり見ていません。常にそばにいた両親とコーチから影響を受けていました。

また、少女時代に仲間の選手と切磋琢磨(せっさたくま)したことも、最終的には成功に結び付いたと思います。しかし、子ども向けの本にもはまっていて、いつの日か「長くつ下のピッピ」のような生活を送りたいという生き生きした空想も持っていました。
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編集=遠藤宗生

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