正露丸の危機を救った男の「勝ち方」

柴田 高 大幸薬品代表取締役社長


当時は正露丸をつくってテレビCMさえ打てばどんどん売れた。おかげで社内の人材の入れ替わりは少なく、新しいことに挑戦するのはご法度という雰囲気だったという。そんな社風に危機を感じた柴田は、正露丸の疑惑が解決すると、同研究所で「感染管理」という新しい事業分野を開拓した。

製品の元となるアイデアは、医師時代に知人がタバコの消臭剤として開発した二酸化塩素のゲル。二酸化塩素が消臭・除菌・防カビ効果を持つことは早くから知られていたが、このゲルが病院の解剖室の浮遊菌を減少させたことに柴田は驚愕。研究と実験を繰り返し、二酸化塩素の濃度をコントロール、居住空間での使用を可能にしたのである。

「“二足のわらじ”戦略なんですよ」と柴田は笑う。「リスクを伴った大勝負をかけるときは、当然負けることも想定する。だからひとつ撤退してもいいように、逃げ道を残す。そういう意味で、私は医師でありながら経営者でもある。会社には正露丸を中心とした医薬品事業と、二酸化塩素ガス特許技術を応用した感染管理事業の2本柱があるというわけです」

こうして05年に誕生した「クレベリン」は、ノロウイルスやインフルエンザなど病原微生物に対する予防、医療施設における院内感染の防止、ウイルスが原因とされるがんや難病の発生率の低減などが期待される。世界初の「空間除菌」の成功に、柴田は「ノーベル賞もの」と破顔する。実際、発売後は新型インフルエンザのパンデミックに遭遇し、売り上げは上々。3年後の株式公開への道のりがしかと見えた瞬間だった。

「例えばイギリス政府は『2050年までに抗生物質の効かないスーパー耐性菌が流行し、年間1000万人を死に至らしめるだろう』という予測を立てています。将来のリスクに対し、自社のいちばん得意な領域が何であるか、そのコアは何かを見極めれば、自ずとリソースの配分は変わる。やはり、人がいま成功している分野には絶対に行くべきではないですね。二番手は結局、周回遅れですから」


柴田 高(しばた・たかし)◎大幸薬品代表取締役社長。1956年、大阪府生まれ。川崎医科大学を卒業し、大阪大学医学部第二外科に入局。府立千里救命救急センターなどに勤務後、2004年に大幸薬品に入社し、取締役副社長に就任。10年より現職。17年6月より、大阪大学大学院医学系研究家招聘教授に就任。

文=堀 香織 写真=佐藤裕信

この記事は 「Forbes JAPAN No.38 2017年9月号(2017/07/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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