乳幼児を抱えての公共交通機関での移動は、子育てママパパにとって苦行以外の何物でもない。泣きわめく赤ん坊に混み合った空間の乗客から突き刺さる冷たい目線はまさに針のむしろ。飛行機となるとベルト着用のまま身動きが取れず、子どもと一緒に消え入りたい思いに駆られるものである。
ニューヨークからロングビーチに向かう満席の飛行機で着陸直前に赤ちゃんがギャン泣きして乗客一同から拍手喝采──。
これはアメリカの格安航空会社JetBlueが昨年の母の日に合わせて実施したFlyBabiesというキャンペーンのPRムービーの一コマである。1回のフライトで赤ちゃんが1人泣くと、同乗の乗客全員が次回のフライトで25%オフのクーポンをもらえるという仕組み。つまり、4人の赤ちゃんが泣けば、次のフライトは全員がタダになる。
先のシーンは4人目の赤ちゃんが泣き出した場面。動画は「Next time, smile at a baby for crying out loud.Happy Mother’s Day.」のコピーで締めくくられる。赤ちゃんを「泣いて周りが迷惑する人」から「乗客全員をハッピーにする人」にする素敵なキャンペーンだ。キャンペーンの対象となった当事者だけでなく、SNSを通じた認知者がこの企画を実施した企業の価値観に共鳴、好感を抱くことになる。
このムービーを見て、「インクルーシブ・マーケティング」というコンセプトが浮かんだ。「インクルーシブ(Inclusive)」とは、「包括的な」「包摂的な」を意味し、「誰をも受け入れるマーケティング」といえる。あえて定義風に表現するなら、「多様な他者を受け入れることをポジティブなエネルギーに変換し、顧客の創造や維持を図る行為」とでもいえよう。
一昨年、全国初の「同性パートナーシップ条例」の導入を推進した東京都渋谷区の長谷部健区長は、昨年20年ぶりに渋谷区の基本構想を改訂し、「渋谷をロンドン、パリ、ニューヨークと並ぶ、世界に誇れるような魅力あふれる成熟した国際都市にしたい」と、「ダイバーシティとインクルージョン」の価値観を強調した。
その象徴的な政策は、多様な他者たるLGBT(レズ、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)を積極的に受け入れ、それによって都市の活力とクリエイティビティを高めていこうとしている。
東京レインボープライドのパレード。「性と生の多様性を祝福する場」を掲げている。
つまり、ダイバーシティという価値観を社会的に実装する方法論として、インクルーシブ・マーケティングが機能するのではないか。歴史的に世界中からの移民を受け入れてきたアメリカの高い国際競争力の相似形のように、米国企業がリードしてきた「ダイバーシティ経営」は、「多様な人材を活かし、その能力が最大限発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営」(経済産業省「新・ダイバーシティ経営企業100選」より)である。
ダイバーシティは、インクルージョンという実践によってこそ実現できる。