ビジネス

2017.09.24

ビジネスとしての映画祭、カンヌのレッドカーペットの「裏側」

メイン会場となる「パレ・デ・フェスティバル・エ・デ・コングレ」。写真の左奥、雨除けのアーケイドで覆われているのがレッドカーペット。広告賞「カンヌライオンズ」が開催されるのもこの建物だ。


基本的にマーケットの参加者たちは、映画祭に訪れるジャーナリストたちとは異なる動きをする。では、映画のバイヤーはどのようにカンヌで作品を選んでいるのか。ヨーロッパやアジアを中心に、才能ある監督たちの作品を多く手掛けてきた日本の配給会社の新人バイヤーの女性にカンヌで話を聞いた。

いわく、カンヌでの仕事は大きくふたつ。ひとつはマーケット試写を観ること。マーケット試写とは、プレス試写とは別に組まれるもので、映画祭に出品されていない作品も多く含まれる。

「一日5、6本のペースなので、1週間の滞在で40本くらいは観ていますね」

もうひとつは、セラーとアポイントメントを取り、彼らのピッチを聞くこと。カンヌに渡る前にセラーからは新作について膨大な資料が送られており、そのなかから気になる作品やセラーをチェックし、30分刻みでアポを入れていく。

「しっかり予習をすれば、セラーがどんな作品を売っているかを把握することはできる。ですが、ピッチを聞くことによって、文字資料だけでは知ることができない要素が見えてくる」

ピッチをする人の熱量、そして「実はあの巨匠が気に入っていて資金を半分出していてね」といった裏話。それは、カンヌに来てセラーと顔を付き合わせることで初めて得られる情報だ。


クロワゼット大通り沿いのアパルトマンに部屋を借りるセラーも多く、ここでバイヤーとの商談が行われる。

マーケット試写では、常にバイヤー目線で作品と向き合う。突き抜けた面白さがあるか。才能はもちろん、商業性はあるか。日本ではどう売るべきなのか。目標とする興行収入から、試算していく。

評判がよければ、ほかのバイヤーたちからもセラーに問い合わせがいき、その反応を見て値段はどんどんつり上がる。よい作品をいかにして値段がつり上がる前に買うか。近年、映画の製作前に作品の買い付けを行う「プリバイ」が多いのはそのためなのかもしれない。それでも、「本当に大切なのは作品を買ってから」と言う。

「作品のなかにフックを見つけ、宣伝し、観客に劇場に来てもらう。金額の面では何とか頑張って買ったとしても、そこからが本当の始まりだと思います」

オフィシャルパートナーの存在

高い値をつけたバイヤーが配給の権利を勝ち取るのがマーケットの法則ではあるが、必ずしも「お金を積んだ者勝ち」ではない。これまでの関係性や信頼性も重視される。そんなヨーロッパならではの考えが息づくのもカンヌなのだという。

20年以上にわたり、カンヌで買い付けを行ってきたバイヤーの澤木映里さんは、「カンヌのマーケットは会社や肩書ではなく、“個人”を見てくれていると感じる」と話す。

澤木さんは長く映画配給会社に勤めたあと、2009年に独立し、株式会社ドマを立ち上げた。まだ実績のない新しい会社と見なされてもおかしくないところだが、「ドマ」ではなく「澤木映里」としての実績が考慮されているように感じるという。セラーとバイヤーの関係も同じで、最終的には対「人」。

「話をしながら、自分を信頼してもらえるかどうか。また、一作品公開するたびに、日本での動員数などを記したレポートを提出するので、買い付けた作品を日本でどのように公開しているのかも考慮されているように感じます。信頼を築くうえで大切なのは、まじめにコツコツと仕事をしていくこと」

カンヌの期間中、セラーからは毎朝上映のリマインドメールが来て、上映が終われば感想を問われる。街中の試写室とパレを一日に何度も行き来する。

「バイヤーはとても地味な仕事」と澤木さんは言う。「歩いて、移動して、ひたすら試写を見る。それでも、海沿いを歩けば気分転換になる。カンヌは、キツいながらも楽しむことのできる場所だと思う」

何日か滞在すると、多くの人を惹きつける「カンヌらしさ」がなんとなく見えてきた。海と太陽。夜のパーティー。招待状を求める一般の人々……。澤木さんは「カンヌはブランディングに成功している」と話す。
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文=古谷ゆう子 写真=岡原功祐

この記事は 「Forbes JAPAN No.38 2017年9月号(2017/07/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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