酒もアートも「時」に磨かれる、杉本博司とドン ペリニヨンの共通点

(左)ドン ペリニヨン醸造最高責任者のリシャール・ジェフロワ氏 (右)現代美術作家の杉本博司氏

熟成に最低16年を要するシャンパーニュ、ドン ペリニヨンP2の世界観を体感する稀有なる試みがこのほどMOA美術館(静岡県熱海市)で行われた。MOA美術館といえば、今年2月に杉本博司氏と建築家・榊田倫之氏がともに主宰する「新素材研究所」がリニューアルを手掛けたことで話題を呼んだ場所だ。

ドン ペリニヨンP2を片手にアートを鑑賞するという、贅沢な時間をすごした杉本氏、リシャール・ジェフロワ氏(ドン ペリニヨン醸造最高責任者)のふたりが互いのクリエーションについて語った。

内面を進化させる時の作用

杉本博司(以下、杉本):ドン ペリニヨンを片手に美術品を鑑賞できるなんて、まるでルーブル美術館でシャンパーニュを飲むルイ14世の気分でしたよ。

リシャール・ジェフロワ(以下、ジェフロフ):ドン ペリニヨンを産んだ修道僧ドン・ピエール・ペリニヨンはルイ14世と生・没年が同じでまったく同時代の人だったんですよ。もちろんルイ14世もドン ペリニヨンのワインを愛飲していました。私もMOA美術館でP2をお披露目できて光栄でしたが、あそこにある芸術品が非常に古いものであるにもかかわらず、むしろ新鮮な印象を与えることに驚きました。



杉本:酒でも美術品でも五感で味わうものはすべて、本当にいいものとは時間にさらされて磨きがかかったものですね。もちろん良くないものは淘汰されて残らないけれど。

ジェフロワ:万物は時とともに外観が変化するけれど、その内側、つまりエスプリは常に進化している。最近、生命とエネルギーの変化について思いを馳せているんです。

杉本:リシャールさん、あなたはそのままシャンパンの歴史といえるドン ペリニヨンを作っているけれど、そのおよそ300年の歴史の中で活躍した僧ドン・ピエール・ペリニヨンやルイ14世のエスプリがあなたの中で生き続けているんじゃないですか。

ジェフロワ:そう! もはや私であって私でない、という境地です。

自我を捨てさることで見えてくる「普遍」

杉本:たとえば僕の「海景」というシリーズですが、あれは僕の生まれてから最初の記憶に由来した作品です。でも同時に誰かの記憶でもあるし、あの作品を見た人の記憶や感情もそこにオーバーラップされて、果ては人類の太古からの記憶まで行き着くはずだと思っています。



ジェフロワ:ワインも同じです。飲んだ人の記憶と、作る私の記憶がシンメトリーに働いて、その記憶の重なりがドン ペリニヨンを作っていく。エネルギーと生命は消えることなく変化していくのだから、私ができることはそれを正しい方向へ導いていくだけです。

杉本:一般にアーティストは自我を表現するものだけれど、僕の場合にはその自我を捨てさることで人類共通の意識まで到達したい。この秋(10月)に僕が最初の記憶を持った小田原で「江之浦測候所」という文化施設をオープンさせますが、そこはまさに人類が意識を持った発生現場に立ち戻って、世界との関わりを考える場所にしたいと思っています。

ジェフロワ:人はみな自分が中心だと思っていますが、実はより大いなるものの一部に過ぎません。それを知った人だけが「普遍」という高みに到達できるのでしょう。秋にまたそこでドン ペリニヨンが飲めることを楽しみにしていますよ(笑)。


杉本博司◎現代美術作家。1948年東京生まれ。70年渡米、74年よりNY在住。写真、彫刻、インスタレーション、演劇、建築、造園、執筆、料理など多岐にわたる分野で、歴史と存在の一過性をテーマに創作活動を続ける。代表作のシリーズに「ジオラマ」「海景」など。17年10月には自身の集大成といえる「小田原文化財団 江之浦測候所」を開設。

リシャール・ジェフロワ◎ドン ペリニヨン醸造最高責任者。1954年仏シャンパーニュ地方で醸造家の家系に生まれる。医師の資格を得るが、82年ランスの国立葡萄醸造学校に入学。90年、ドン ペリニヨン醸造最高責任者(シェフ・ド・カーヴ)就任。’97年スパークリング・ワインメーカー・オブ・ザ・イヤー受賞。

文・編集=秋山 都 写真=松井康一郎

この記事は 「Forbes JAPAN No.38 2017年9月号(2017/07/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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