ドイツ発「インダストリー4.0」の現在地

「インダストリー4.0」では製造業とITの融合を目指している。AR(拡張現実)やVR(仮想現実)などのテクノロジーを使う製造現場も。


ドイツのミッテルシュタントの特徴はB2B(企業間取引)に特化し、付加価値の高い製品を販売することだ。この国は人件費が高いので、付加価値の高い製品のメーカー以外は生き残りが難しい。つまりミッテルシュタントは、「その会社の製品やテクノロジーがないと、自社の生産活動に支障が生じる」状態を作り出そうとする。トルンプが製品だけではなく、インダストリー4.0に関するソフトウェアも顧客に提供すれば、取引関係を一段と強固にできる。

アクソームのバスティアン・デック部長は、「我が社の使命は、メーカーの価値創造プロセスにインダストリー4.0の技術を導入することで生産性を高めることだ。我々はソフトウェアの開発・提供を行うだけではなく、スマート工場の企画や建設、工場の稼働データの保全についての戦略的なコンサルティングも行う」と説明する。

インダストリー4.0の究極的な目標は、機械製造業とITビジネスの融合である。さらに、機械製造業とサービス業の垣根をなくすことも重要な目的だ。つまり、21世紀のドイツのメーカーは、機械の製造・販売だけではなく、ノウハウの販売やコンサルティングなどサービス業からの収益を高めることも目指している。

機械製造だけではなくITソリューションも提供するトルンプ・グループは、インダストリー4.0の精神を最も忠実に実現しつつあるモデル企業の一つだ。同社の活動は、インダストリー4.0に積極的にかかわっているのが、シーメンスやSAP、BMWなどの大企業だけではないことを浮き彫りにしている。

IoT導入には企業によって温度差

インダストリー4.0は、ドイツ連邦政府と学界が「21世紀の成長戦略の中核」としてトップダウン方式で始めた国家プロジェクトである。11年の大号令から6年の歳月が流れ、ドイツ企業の間では「もはやデジタル化の波に抗(あらが)うことはできない」という意識は浸透しつつある。しかし技術の実用化となると、企業の反応はまちまちである。すべての企業がトルンプのように導入に積極的なわけではない。

IT業界にとってインダストリー4.0は大きなビジネスチャンスとなるので、この業界は積極的に対応している。ドイツIT・通信・ニューメディア産業連合会(BITKOM)が今年3月に発表したアンケート調査によると、IT関連企業の間では、「インダストリー4.0関連のサービスや製品を提供している」と回答した企業の比率が3年前に比べて大幅に増えた。

これに対し、機械製造などモノづくり業界の反応にはばらつきがある。ボストンコンサルティンググループ(BCG)が16年12月に、自動車や関連部品のメーカーで働く750人の製造担当者を対象に行ったアンケート調査では、ドイツの回答者の47%が「スマート工場のための最初のコンセプトを開発した」と答えたものの、5人に1人は「まだIoT関連のテクノロジーを実用化する段階にはない」と答えている。

BITKOMが今年3月に発表したアンケート調査結果でも、回答したIT企業の49%が「ドイツの多くのミッテルシュタントは、インダストリー4.0という概念を理解していない」と答えたほか、65%が「多くの製造企業は、インダストリー4.0の実用化の速度が遅すぎる」と不満を表している。

16年8月にマンハイムの経済研究所・欧州経済研究センター(ZEW)が発表した、ミッテルシュタントのインダストリー4.0に関する意識調査の内容は興味深い。ZEWは、「ミッテルシュタントの中で、製品とサービスのデジタル化を始めた企業は、全体の19%にすぎない。3社に1社ではデジタル化が大幅に遅れている」と警鐘を鳴らした。企業数の約99%を占め、製造業界の屋台骨であるミッテルシュタントでデジタル化が遅れているのは、産業立国ドイツにとって由々しき事態である。
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文 = 熊谷 徹

この記事は 「Forbes JAPAN No.38 2017年9月号(2017/07/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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