谷本:GEには経営戦略を立案する部門がないと聞きますが、なぜでしょうか。
安渕:「戦略を立てる人は実行する人でなくてはならない」というのがGEの考え方なので、戦略を立てるだけの部門は要らないからです。戦略を立てるだけの人が戦略を実行する人に戦略を渡すと、熱量が失われてしまう。大事なのは情熱を持って追求する人たちがどれだけたくさんいるのか、ということです。
ただ問題もあり、その方法ではできる範囲の小ぢんまりとした計画になってしまう。経営者としては「もっと大きく」「もっとスケールを出せないのか」と引っ張り上げていく力が必要になります。
谷本:世界で勝つには先見性や洞察力が重要かと思いますが、それはどのように磨けばいいのでしょうか。
安渕:机の上で考えても洞察力は生まれてこないので、小さなことでも実験をしてみることですね。
例えば約10年前、3Dプリンターが話題になり始めました。今では工業製品のかなりのものを3Dプリンターで作れるようになっていますが、話題になり始めた時点でその流れを察知し、3Dプリンターを自分の会社でどう使えるのか、実際に試してみることです。当時私は金融の会社にいたので、3Dプリンターのマーケットが大きくなったときに金融をどうやって絡ませられるか、社内プロジェクトチームを作って考えてみました。
私は本を読んでじっとしていても先見性や洞察力はあまり生まれてこないと思っています。人に会ってみる、場所に行ってみる、専門家に話を聞いてみる、ということを私はたくさん繰り返しました。
外に出て、たくさんの人に会い、どれだけたくさん話を聞けるかが社長のバリューだと思っています。社内にいても、会社の中の情報しか得られません。ときにはデザイナー、アーティスト、アスリートにも会います。アスリートに「どうやって記録を伸ばしたのか」を聞きながら「人事に使えないか」と考えたりしているのです。
谷本:GEのジャック・ウェルチ前CEOやジェフ・イメルト現CEOなど、海外の著名経営者と日本の経営者との違いは何でしょうか?
安渕:日本の大企業と比べると、一番の違いは在任期間で、海外の著名経営者のほうが長いです。イメルトは2001年から今年まで16年ぐらいです(2017年7月末で退任)。年功序列と関係なくCEO(最高経営責任者)が出てくるというところも日本と異なります。社内から選んではいるのですが、イメルトがCEOになったのは45歳のとき、その前のウェルチも45歳でした。
そして、海外のCEOは、業績不振な会社やトラブルが起こっている会社へ送られるなど、必ず一度は修羅場を経験させられています。8月1日からGEのCEOのジョン・フラナリーは、私をGEに雇い入れた人ですが、彼もまた様々な経験をし、大変な修羅場をくぐってきました。
谷本:安渕さんにはどういう修羅場があり、それをどう乗り越えたのでしょうか。
安渕:私がGEに入り、全体のビジネスをやるようになったのは2008年1月からです。その年の9月15日ぐらいまでは大変好調だったのですが、リーマンショックがおこり、ガラリと様子が変わりました。
製造業でいうとある日突然材料が入らなくなる。いつ入ってくるかわからない。次に入るときは値段がいくらかわからない。今までお約束していたお客様に商品を出せない。お客様は他のところに行ってしまう──。そんな厳しい状況が一年続きました。2009年の冒頭は日本の製造業も大変で、需要が3割以上下がった会社が多く、非常に大変な修羅場でした。
谷本:そういうときに何か頼ったりするものはありますか。
安渕:金融では、何年かあるいは何十年に一度、バブルがはじけるなど大きなことが起こります。しかしながら、どんな大恐慌も必ず終わります。
どこかで終わることを信じ、終わるまでに何をすればよいのかを優先順位をつけてやる。終わったときに何をしていればよいのかということを早めに考える。危機が去った後に残っていて欲しい人たちを将来の計画づくりに入れる。そのようなことをしました。
私はTomorrow Committee(明日の委員会)を作り、各部門の若手・中堅社員を入れて「霧が晴れたときにどうするか」を考えてもらいました。すると、途方に暮れて下を向いていた社員たちが未来を見始めました。霧は2010年頃には晴れてきたのですが、そのとき彼らは実際にやることがわかっていて動き出せたので、切り抜けられたのです。
安渕聖司氏◎世界200以上の国・地域約4千万以上の店舗で利用、ペイメントテクノロジーのリーディングカンパニー「Visa」の日本法人代表。早大政経学部、ハーバードビジネススクールMBA,三菱商事、日本GE代表取締役、GEキャピタル社長兼CEO等を経て、本年4月より現職。