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2017.09.01

東海地震「予知できない」を日本が認めるまで

昨年4月に発生した熊本地震の様子(Photo by Taro Karibe/Getty Images)


証言の通り、当時、科学的実証ができていない東海地震の地震予知・観測研究を、法律的には完成した技術、つまり事業として学者と政府は法律まで成立させてしまったのである。

言葉は悪いが、地震学者は、大震法によって、莫大な予算と、世界一の研究環境を既得権益にしたのだ。ここに、世界に先駆けて、日本では、法律の上にだけ、地震予知は完成してしまったのである。

当時としては画期的な東海地震説も大震法成立20年後あたりから「東海地震だけの単独発生が過去にない」、「震源でのはっきりした前兆が起こらない可能性が高い」などの新たな研究成果が出てきた。そして、見直し論も出てきて近年、地震学者の多くが、「東海地震の予知は難しい」という結論に達していた。

そんな矢先に発生したのが東日本大震災だった。東海地震と同じく海溝型の地震であった三陸沖地震の複数の震源域が広く連動して発生したのである。南海地震、東南海地震と連動せずに、東海地震だけが単独で発生するという前提は、成り立たなくなったのだ。

こうした経緯を経て、法律制定40年を前に、この大震法は抜本的な見直しを迫られることになった。政府は中央防災会議の中の大震法などの見直しを前提とした有識者会議を立ち上げたのだ。

果たして、新たな対策法には、予知という言葉が登場するのだろうか。

ここ四半世紀でも、阪神大震災、東日本大震災と日本は大きな犠牲者をだしてきた。地震学は無力なのだろうか? 予知研究の現状について武村教授に話を聞こう。

「実は台風の予測くらいには現在の地震学の技術も完成しています。こう言うと何を言っているんだと言われるかも知れませんが。台風は現在、観測機器も発達して、規模や進路などもはっきりとわかるようになりました。実は、地震も同じくらいにはわかってきています。発生した地震からどこに大きな揺れが伝わるか瞬時に分かる『緊急地震速報』と、どこがどれだけ揺れるのかという『地震動予測地図』などです。ただ、残念なのは、地震がどこでいつ発生するかということが分からない。でも、それは台風も同じで、台風が発生する瞬間は気象学でも現在予測はできていないのです。つまり、地震学との大きな違いは地震と台風が私達にやってくるスピードだけなのです」

武村教授は講演でいつもユーモア交じりにこう話をする。確かに、これは地震学の現時点での限界を如実に表しているたとえでもある。

地震を巡る研究は確実に成果をあげている。プレート境界などで発生した地震の初期微動をとらえることによって、大きな揺れが到達する前に『緊急地震速報』を発することができるようになった。それは日本の国土の地下の状態などをくまなく調査した結果、『地震動予測地図』という日本全国を網羅する地盤データ、揺れやすい土地情報などの蓄積の上に成り立っている。

それらは、まぎれもなく地震学の成果によるものなのだ。つまり、「どこで」「どんな規模の」地震が起こるのかは、解明されつつある。問題は、それが「いつ」発生するのか、なのである。実は皮肉なことに、地震学の研究が進めば進むほど、予知はかなり難しい、ということだけははっきりと分かってきたのだ。

そんな中でも、防災に関わる側は、現実的に対応をしなくてはならない。2003年に発表された被害想定には、もう一つ、2300人という犠牲者の数もあがっている。こちらは予知が成功した前提で、警戒宣言によって避難が行われた場合の犠牲者数だという。起こると分かっている地震でもこれだけの死者を想定しているのは、防災関係者の地震予知に対しての不審のあらわれだったのかも知れない。

行政は「地震学にもたれかかる状態」からすでに脱却ししつある。それは、同時に地震学に対して、科学として正しい距離感を保つことができるようになったということでもある。

先日、日本中のテレビで2時間近くなり続けていたJアラート。飛翔体を捉えて、警報を出すことは簡単だったようだが、それを止めることはなかなかできなかった。

40年間近く、東海地震の警戒宣言が出されなかったのは、不幸中の幸いとしか言いようがない。

文=小川善照

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