ビジネス

2017.09.04 15:00

あの夜酔っ払っていなかったら、今でも宇宙の仕事はしていない

HAKUTO/ispace ソフトウェアエンジニアの清水敏郎


それでも小さな頃から培ってきた変化に対する飽くなき探究心がうまく作用して、宇宙空間でのソフトウェアの開発にのめり込んでいった。
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「地球でつくったソフトを宇宙に持っていくと動かないというケースがよくある。いちばんの原因は放射線の影響で、地球は磁気でバリアーされているのですが、月だと放射線の量が何百倍とか強かったりする。メモリーとかCPUなど計算装置として動くものに放射線が当たるとビット反転みたいなものが起こり、データが変化する。10とか15であった値が、138とか271になってしまう。解決法には、一旦リセットしてまた最初の状態からやり直す方法がとられます」

とにかく宇宙ではこの空間独特の現象が起こる。そこでのソフトウェアの開発というのは、常に問題を設定して、それをいかに解決していくかの連続だという。

「私たちのチームは社内で6人、社外まで合わせると全部で20〜30人が動いています。ソフトウェアの開発は、どう考えて何をなすべきかが重要で、課題設定をこちらから見つけていかなければいけない。まず月がどういう環境かを知り、そのなかでローバーがどう動くのかを考えたりする。例えば電力の供給が止まったらどうするかとか、あとは放射線を浴びたらどうするかとか、さまざまです。
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危機的状況を想定して、それに対処するプログラムを考え、開発する。もちろん、対処方法は私たちが主軸になって考えるのですが、そういうことを常に考えてきたプロの方がいらっしゃる。餅は餅屋というか、そういう方たちの支援も仰ぎつつ、仕事を進めていくのも視野が広がって楽しかったですね」

また「出向」してきたい

ソフトウェアの開発でもとくに注力したのが、このミッションの要ともなる通信ソフトの開発だった。

「地球から月までは、XバンドとSバンドという、2.4ギガヘルツと8ギガヘルツ帯の電波で通信が可能です。ただ遠いので遅延があったり、普通の通信では起こらないことまで考慮したりしなければならない。38万キロ離れていて、光の速度だと片道1.3秒かかる。そういう秒単位の遅延が出ることは普通の通信装置ではあまりない。

日本からアメリカやフランスに通信するのでも、何百ミリ秒とか何十ミリ秒とか非常に短い時間できるので、着きましたか着いたよと互いに確認しあいながら通信できる。地球と月でそれをやろうとすると、その往復のやりとりにすごい時間がかかるんですね。送れる情報量がとても少なくなって、通常の何百分の一とか何千分の一とかそのくらいになってしまう。

それでもきちんと効率よくデータを転送できるような工夫を、パートナーでもあるKDDI総合研究所さんと一緒に考えています」

さて、清水はこのGoogle Lunar XPRIZEのミッションが終わったら、契約では元の会社に戻ることになっている。もちろん元の会社に戻れば、必ずしも宇宙に関連する仕事が待っているわけではない。

「今回のような場が与えられたことには非常に感謝しています。ひとつのミッションをやり遂げるのに、いろいろプロフェッショナルな人たちが関わってくる。理学で月の環境を詳しく知っている大学の先生がいらっしゃれば、宇宙で異常が発生したときどうすればいいかをわかっている人、あとはソフトウェアについて詳しい人もいる。いろいろな人と話していると次に何をやりたいかのアイディアも見えてくる。いちおう元の会社には戻るのですが、HAKUTOの母体でもあるispace社とタイアップしやすいような枠組みをつくって、また出向してきたいですね」

どうやら一度覚えた宇宙の味はなかなか忘れ難いようである。月面探査ローバー「SORATO(ソラト)」の出発までは、あと4か月だ。

*Forbes JAPANは、月面探査用ロボットの打ち上げまで、HAKUTOプロジェクトの動きを追いかけていく。
au HAKUTO MOON CHALLENGE 公式サイト>>

文=稲垣伸寿 写真=小田駿一

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