締め切り過ぎてのメッセージ
この大学時代に、清水は本格的に宇宙と出会うことになる。理学部物理学科に進んだ清水が専攻したのは、天体核物理。星の中で何が起きているかということを研究するものだった。
「星の寿命がどのくらいであるかを探るための実験装置をつくったりしていました。そのまま実験すると8000年くらいかかるのですが、装置を改良して1週間とかでやれるようにする。ただそうすると実験の結果にノイズが紛れてくる。そのノイズを除去する装置をつくっていました。世界でも1、2を争う装置です。もちろん私だけでやっていたわけではなく、それまでいろいろな人たちが10年くらいかけて改良してきたものですが」
大学院にも進み、さらに研究を続けた清水だが、ここで初めて本格的に取り組むようになった宇宙への興味は忘れがたく、就職はやはり宇宙に関連する会社を手当たり次第に受けたという。それで入社したのが、現在、籍を置き、「出向」させてもらっている「システム計画研究所/ISP」だ。
「ソフトウェアの会社で、宇宙開発に関連している部門もありました。例えばJAXAとやりとりして、地球観測衛星のデータ解析をするとか、宇宙関連の業務もやっていた。ところが、私は実際にはそういった部署に配属されることなく、入社してからは無線通信に関する部署でずっとやってきました。宇宙に行っても有線で通信するわけにはいかないので、無線技術も役に立つだろうと、10年以上、通信ソフトの開発をやっていた。とはいえ宇宙に対する思いはあいかわらず持っていて、30歳過ぎたらその無線通信の技術とかを持って宇宙関連の企業とタイアップできないかなと考えていました」
転機が訪れるのは、会社を辞める先輩社員の飲み会に参加して、自分もそろそろ転職の潮時かなと思いながら家に帰った夜のことだった。
「酔っ払ったまま帰って、フェイスブックを覗いていたら『月面探査メンバー募集』というページが目に入った。でも、その日は1月31日でちょうど募集締め切りの日だった。もう真夜中で締め切りは過ぎていたのですが、酔っ払った勢いで『仕事させてください』とメッセージを送ったら、『一度、話しませんか』と、代表の袴田武史さんからすぐに返事があったのです。あの日、酔っ払っていなかったら、たぶんメッセージは送っていなかったと思います」
月面ではビット反転が起こる
当初は前述のようにプロボノとして関わることになった清水だが、HAKUTOでは一貫してソフトウェアの開発にあたっている。それは、これまで10年間、会社勤めでやってきていたことなので、すぐにそれが役立ったという。
「プロボノのメンバーは入れ替わりが激しく、3ヶ月後にいる人ってほとんどいないのです。全体として常時100人くらいはいるのですが、新陳代謝は激しく、1年いる人は1割に満たないのではないかと思います。私が入った当時はすでにソフトの開発をしていた人たちがいましたが、ちょうど辞めたりして、私はタイミングがよかった。すぐにソフトウェアのエンジニアとして働き出しました」
とはいえ、宇宙に関しては初心者にも等しかった清水、戸惑いも覚えたという。
「宇宙をやってきた人とソフトをやってきた人は、文化が違う。もともと航空宇宙の分野は機械を中心に発展してきたので、どんどん改良を重ねていくというよりも、最初にかっちり設計してつくっていくという手法が取られる。反対にソフトの開発は最初にざっくりと形をつくって、後はアップクレードしたりブラッシュアップしたりしていくのです」