世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか

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まずひとつ目は、分析的かつ論理的な思考の限界が露呈しつつあることである。

最近のグローバルカンファレンスではよく「VUCA」という言葉が聞かれるそうだ。これはもともとアメリカ陸軍が現在の世界情勢を表現するために用いた造語で、「Volatility=不安定」「Uncertainty=不確実」「Complexity=複雑」「Ambiguity=曖昧」の頭文字をとったものだ。いずれも今日の世界の状況をうまく表した単語である。

このような不確定な世界では、これまでのような分析的・理性的なアプローチは通用しない。求められているのは、全体を直覚的に捉える感性や直感的な構想力、創造力などである。

二つ目の大きな変化は、全地球規模で各国が経済成長をする中で、世界が巨大な「自己実現欲求の市場」になりつつあるということだ。このような市場で戦うには、精密なマーケティングに基づいて機能的な優位性や価格競争力をアピールしても通用しない。他者の自己実現欲求を刺激するような感性やスタイルを提示できるかカギとなる。

三つ目は、システムの変化にルールの制定が追いつかない状況が発生していることだ。テクノロジーの進化によって、社会の様々な領域で、「法律の整備が追いつかない」という問題が生じている。変化のスピードがきわめて早い世界では、どうしてもルールの整備は事後的に行われるようになる。

このような世界において、明文化されたルールや法律だけを拠り所にするのではなく、クオリティの高い意思決定を下すためには、自分なりに「真・善・美」を判断できる「美意識」を備えていなければならない。

いかがだろうか? 以上のような社会の変化は、おそらくみなさんも、日々の仕事の中で、多かれ少なかれ実感しているのではないだろうか。

言い換えれば、世界のエリートたちが必死になって美意識を高めるための取り組みを行っているのは、このような大きな変化に見舞われた世界で、「より高品質の意思決定」を行うために、これまでのようなデータやエビデンスに基づいた「客観的な外部のモノサシ」ではなく、「主観的な内部のモノサシ」を手に入れようとしているからなのだ。

2015年にコンサルティング大手のマッキンゼー&カンパニーが、アップルやグーグルなどを顧客に持つカリフォルニアのデザイン会社LUNARを買収して話題となった。

これまでのような事実と論理に基づいたファクトベースコンサルティングのアプローチが通用しなくなってきたためだと言われる。コンサルティングに「サイエンス」の視点を導入して成長してきたマッキンゼーが、「デザイン思考」の導入へと方針転換した意味は大きい。

だがいきなり「美意識」と言われても戸惑う人が多いかもしれない。論理的な思考に慣れ親しんだ秀才ほど、「センス」だの「スタイル」だのといった曖昧かつ抽象的な言葉の前で途方に暮れてしまうはずだ。

本書はそういう人に向けて、あらゆる角度からいま求められている「美意識」について解説してくれているので心配は無用だ。詳しくは本書を読んでいただきたいが、ひと言だけ申し添えておけば、「美意識」を身につけるために有用なのは絵画や彫刻といったいわゆる狭義の「アート」だけではない。小説や詩などの文学作品、哲学などもその中には含まれている。

「美意識」に基づいたモノサシが求められるこれからの世界において、日本には大きな可能性があるという著者の指摘にはおおいに勇気づけられる。だがその反面、首都圏の郊外や地方都市のロードサイドの画一的な風景などを思い浮かべるとき、果たしていまの日本に世界が賞賛するような日本的な美意識があるだろうかという危惧も抱く。「美意識」とは、自ら鍛えなければ衰えてしまうものでもあるのだ。

というわけで、フォーブス ジャパンの(男性)読者も、これからは大手を振って美術館に行こうではないか。「美意識」を鍛え、複雑で不安定な世界でビジネスの舵取りができる能力を手に入れよう。

あ、ところでそこの貴女、素晴らしい展覧会があるのですが、よろしければご一緒にいかがですか?

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文=首藤淳哉

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